管理人の日記 - 2016年11月の記事 / やり込み in FF

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青森と聞いてこれ思い出した


 1ヶ月ぶりの更新になってしまいました! 皆さま、お久しぶりなのです。
 …あれから色々あって、今は青森県に居ます。一応、これは「長期出張」という形であって、正確な勤務先では無いということなのですが、どうも自分は東北地方に送られる可能性が大なようです。まあ、東北は自分にとってはあまり縁の無い地なのですが、今となっては勤務地など何処でも構わないという感じです。電波さえ通じればな!!
 ――そんなわけで、もうしばらく更新がまばらになりそうな感じですが、恐らくは今が忙しいピークなので、それが過ぎればあるいは…というものです。来年以降、もう少し落ち着いたら、またこのゲームの世界へと戻ってきたいですね。それまで、何とか頑張って戦い抜こうと思っています。皆さま、どうぞ死なないで。


◆◆◆

今の所この人(?)が一番かわいいと思うのですが…


 先月27日に発売されたPS4/Vita「ワールド・オブ・ファイナルファンタジー」をプレイしています。
 …やれ、この作品の特徴としては、PSvitaで発売される初めてのFFシリーズ作品ということがある。やれ、これまでVitaにおけるFFシリーズ作品というと、実は2013年に登場した「FF10/10-2 HDリマスター」以外、何一つとして発売されていないのだ。やれ、誰もがFF12本編やFF13シリーズの移植を含めた新作を期待していたというのに…。
 ――その他の特徴として、本作は歴代FFシリーズのキャラクターがチビキャラとして登場をするということもある。その内訳は、FF1の主人公:「ウォリアー・オブ・ライト」から、お馴染み13シリーズの光速(略)「ライトニング」さんまで、実に幅広く、今作が初の再登場となるキャラクターも多く存在する。そういう意味で、本作は子供向けという側面を持ちながら、FFシリーズが大好きである俺のような古参ファン向けという側面もあるのかもしれない。というわけで、そんな疑似餌に誘致導入された俺は、まんまとVitaのダウンロード版を購入してしまったのである。

 というわけで。現時点において、俺は15時間ほどゲームをプレイして、恐らくは中盤までゲームを進めたと思う。その時点での感想を述べてみると…これは、FFシリーズ本編とは一味違う、まさしく「スピンオフ」という一作になっているのである。
 …というのも、まずは本作は2頭身のチビキャラ(プリメロ)と、5頭身程度のキャラクター(大人[オオビト])の2パターンの人物によって彩られており、シナリオ展開的にも、歴代FFシリーズのキャラクターが登場するという以上に昔のFFシリーズっぽい雰囲気を重視して作り上げられている。また、バトルシステム的にも、ATBを含みつつのターン性が取り入れられており、非常に分かりやすいものである。総合して、これが昔のFF作品が好きな人のために作られたタイトルということは、疑いようも無い事実なのである。とりわけ、「最近のFFはちょっとシステムが複雑でね…」などと思って敬遠されている方にはお勧めであると言えよう。その他、音楽に関しては13シリーズで大活躍した浜渦さんが担当した文句の付けようが無い出来であり、各種声優さんたちの演技もアニメっぽい雰囲気を醸し出すのに一役買っている。近年の主流ゲームとは一味違う、昔のゲームっぽい雰囲気を味わってみたいのならば、本作に触れてみる価値は大有りなのである。
 ――ちなみに問題点としては、最大のものはPS4版とVita版のクオリティが違いすぎるということである。3Dアニメの世界がそのままゲームになったかのようなPS4版とは異なり、Vita版はグラフィックがガサガサしているうえに処理落ちが目立ち、否が応にもハード性能の違いというものを体感させられる。はっきり言って「ギリギリVitaでも動いている」というクラスであるため、可能であればPS4版でのプレイをお勧めする。また、各種システム面においても、FFシリーズ正当続編に匹敵するほど斬新で充実しているというほどのものではない。とはいえ、あくまで本作は「歴代FFシリーズの世界観を用いたスピンオフ作品」であるため、それを理解すれば十分以上に楽しめると言えよう。FF15の前に、FFシリーズへの熱を高めておくには、打ってつけなのである。

 さて。俺がプレイしているのは残念ながらVita版なのであるが、それでも本作の雰囲気を味わうことは十分にできている。とりわけ、今の青森勤務は、ちょっと今までとは異なる体系で、仕事終了後に携帯ゲームを楽しむ時間が十分にあるので、その余暇を使ってガッツリ遊んでいる感じなのだ。
 ――ちなみに、俺が本作で一番気に入っているのは、サポートキャラクターの「タマ」である。もう、見た目といい声といいしぐさといいかわいい以外の言葉が出て来ないので、是非とも実際にプレイしてこのモフモフ感を味わっていただきたい。一応、作中設定的には女の子(「雌」?)らしいので、何ら問題は無いな!! 体験版も配信されているので、興味を持ったら是非どうぞ。

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タイムスクープハンターのこの回は生で見てました


 PS4 Proも買った。4K+HDR(『画面の明るさ』を再現する新しい映像技術)に対応した新しいテレビの購入にも既に目処が立っている。というわけで、ゲーマー人生の再興に向けて着々と準備が進んでいる俺なのであるが、最大の問題が残っている。そう、あの「PlayStationVR」の入手についてなのだ。
 …ご存じ、「PlayStationVR」(以下「PSVR」)は、ゴーグル型の新しいゲーム機であり、360度の3D空間によるまったく新しいゲーム体験を提供するらしい。実際にプレイした人の感想によると、「ゲームが2Dから3Dになったとき以上の衝撃を受けた」など、概ね好評なそうだ。対応タイトルに関しては、現在は立ち上げ段階であり小粒な作品が多いものの、「エースコンバット」「グランツーリスモ」「バイオハザード」など、日本でも人気の高い大作タイトルの対応が発表されており、今後の展開に期待が持てるのだという。
 ――やれ、俺がまるで人聞きのような書き方をしているのには、ちゃんと意味がある。このPSVR、とにかく手に入らないのだ。その定価たるや、44980円+税と、なんとPS4本体の1.5倍というおぞましい価格設定(それでも同系統のVRゴーグルの中では非常に安価だが)ながらも、世界中で完売の嵐になっている。とりわけ。この日本では初週の出荷台数が50000台物を売るという程度じゃないレベルに対しており、10月13日発売から既に1ヶ月以上が経っているにも関わらず、再出荷分も即売り切れであるため、入手は至難の業である。この青森の地ならば実店舗で入手可能かと思ったが、甘かった。雪山で猿(※比喩ではなく実猿)と戯れている間に、実店舗では完膚なきまでに売り切れてしまったよ…。

 そんなわけで。この「PSVR」の入手は、我々ゲーマー層にとって、最大の難題となっているのである。
 …やれ、まず第1の問題になるであろう「価格」についてであるが、そのVR本体は44980円+税、動作に必須となる「PS Camera」も含めれば税込みで54000円というかなり高額な商品であり、PS4(or PS4 Pro)の本体が必要となることも考えると出資額はなかなか大きなものとなるのであるが、もはやゲーマー世代の主力であろうと思われる20台中盤以降の世代については大半が就職をしているであろうため、「価格の高さ」という点は大きな問題にならないだろう。また「ゲーム」を主たる趣味と明言する人において、いま現在でPS4を持っておらず今後もPS4の購入予定が無いということはまず有り得ないであろうため、PSVRの動作に必須となる「PS4本体の価格」についても、ほぼ問題にはならないというものであろう。また、次に問題でなるであろう「周囲の目」についても、今となっては「ゲーム」という文化に偏見を向ける人の数も減ってきており、いくら頭に被って視界を遮る機器であろうと、周囲の目をそこまで気にする必要も無いように思われる。というか、そもそも趣味というものは自分が好きだからこそやっているわけであって、他人にどう見られるかを気にするようなものではないのだろうか…?
 ――ということで。我々のような重症のゲーマー層にとっては、もはや気になるのは「入手難易度」のみなのである。なお、純粋な入手難易度としては、現在においてもいわゆる「転売屋」によって価格が釣り上げられた状態の中古取引が行われているため、ただ手に入れるだけであれば難易度はそこまで高いというものではない。だが、俺は当初定められた販売価格以上は一切払う気は無いのである。だって、こういう「転売屋」がのさばっているからこそ、欲しい人が欲しい時期に欲しい価格で入手をできないのではないか。また、ここにお金を投じたところで、今後のゲーム業界に一切もって利益を及ぼすということはない。そういう悪行に協力をすることは、悪に加担をしているのと同じである。ゲーム業界のために積極的に投資をしようという俺は、同じく業界のためにならないことには全くお金を投じようと思わないのである。

 というわけで。この「PlayStationVR」の品薄に関しては、我々ゲーマー勢にとって、極めて大きな問題となっているのである。
 …さて、俺は以前【2016/6/25】にも書いたように、このPSVRに対して大きな期待を寄せており、これよってゲームの新たなる次元が切り広げられると思っている。また、その可能性はゲームだけではなく、医療・科学・宇宙・防衛など、さまざまな分野に向けられているという。ゲームと共に育ってきた世代として、その“進化”を体感しないのというのは、あまりにも勿体無いというものではないだろうか?
 ――やれ。あの、初代PSで1998年に発売された「メタルギアソリッド」では、『遺伝子操作で生まれた兵が、VR機器で訓練を受けて実戦に参加をする』という設定があった。そのSF世界のような話は、もはや現代では全てが実現されている。だが我々は、そのような技術を国家間の争いではなく、あくまで平和のために用いなければならない。俺は、これから更に先の未来では、「遺伝子操作によって生まれた女性が、VR機器で訓練を受けた我々と恋愛をする」というような時代さえ来ると考えている。心の底まで専守防衛に染められた我々に対して、そのような攻め手は実に効率的というものであろう。やはり、事実は小説よりも奇なりというものなのかもしれない…。

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 この29日(火)に、いよいよシリーズ最新作であるPS4/「ファイナルファンタジー15」が発売となるのだが、それに先立って凄まじいまでの「ネタバレ荒らし」が発生している。「ネタバレ荒らし」とは、ゲームの核心に迫る部分などを楽しみにしている未プレイ者に強引に伝えて(「ネタバレ」して)、嫌がらせをしたり、その購入意欲を削ごうという輩のことである。(;・∀・)「そんな奴が本当に居るの?」と思うかもしれないが、居るのだ。
 …やれ。「ファイナルファンタジー」というと、今なお世界の第一線で勝負できる数少ない日本の大作タイトルであるが、その性質上、様々な形での“アンチ”が存在する。例えば、今から15年くらい昔までは、「ファイナルファンタジー派vsドラゴンクエスト派」などと称して、国産人気RPGのファン同士が罵り合うという今からでは考えられないような構図が存在していた。また、人気タイトルということで、「これを批判しておけば“通”ぶれる」などという観点から、よく知らないのにFFシリーズを批判するという悲しい考えも存在する。加えて、FFシリーズは1作ごとに作風やシステムを大きく変えていくことが特徴の一つとなっているため、ファンの中でも賛否が分かれることも多い。その他、「対立ハードの愛好家」から「人が嫌がるのを見て喜ぶ狂人」などなど…。FFシリーズは、かくも多くの“反感”をいだくに至っており、その中には「FFシリーズの評判を下げて売り上げを落としてやろう」という悪質な行為に至る者すら存在する。その表れの一つが、前述した「ネタバレ荒らし」なのである。
 ――ちなみに。俺自身は、正直なことを言うとFF15に対して良い印象を持ってはいない。その理由は、2015年の「エピソード・ダスカ」及び今年春の「プラチナデモ」が求める品質に達していなかったことや、8月の発売延期騒動・相次ぐスタッフの大言壮語など、数多くに渡る(参考:【2016/8/15】など)。しかしながら、そんな俺であっても、この「ネタバレ荒らし」には強い嫌悪感を持っているのである。これは、もはや単体のゲームの出来がどうこうという話ではない。それは、ゲーム業界が抱える共通の敵であり、滅ぼさなければならない“悪”なのである。

 では、このFF15に対する「ネタバレ荒らし」は、具体的にどのような感じで行動をしているのだろうか?
 …まず、今回のFF15は「全世界同時発売」となっている。日本とは異なり、海外だと半月ほど前から流通が始まるというのもザラであるため、それで早期に入手をした海外のプレイヤーが、PS4の本体機能を使い、あろうことか物語の核心を含む内容までをも配信してしまった。まあ、常識的に考えて発売日よりも前にネット配信を行うことは有り得ないのであるが、これだけならば「配信は発売日以降に可能とする」などの対策を練っていなかったスクエニ自身に落ち度があるという見方もできなくはない。だが問題は、FF15を買う気も無い癖にそれを見て、あろうことか日本のユーザーたちに公開していった「ネタバレ荒らし」の存在である。それは例えるなら、新作映画を楽しみ行列を作っている人たちに対して、( w∀w)「この映画の結末は○○○です! 糞だから観るなー!!」と叫び歩くようなものであり、それどころか多くの人が集まっているところで片っ端から(;w∀w)「○○という作品の結末は××ですよー!!」と吹聴して回っているようなものであり、つまるところ狂気の沙汰以外の何物でもないのだが、現実に起こっていることはまさしくそれとしか表現しようがないのである。未だ発売日を迎えていない人気ゲームであるファイナルファンタジー15について、それを楽しみにしている人たちに対して、FFシリーズ関連界隈を超えてあらゆる場所にネタバレコピペを貼って行く。それは、もはや常軌を逸した所業であり、犯罪的な行為としか表現しようが無いのである。
 ――ちなみに、これらの行為に対して、さすがのスクウェア・エニックス公式も無視することはできなくなったようで、このように発売日前にして悪意あるネタバレを拡散している人物がいるということに対し、法的処置を含めた各種対応を検討しているという。当然である。彼らにとって、ゲーム作品というのは商材そのものであり、その価値を貶めて売り上げを下げようという行為は、業務妨害以外の何物でもないからだ。もちろんユーザーにとっても、買おうと思っているゲームに対する意欲を下げられるため、百害あって一理なしなのである。こういった人間は、もはや「愉快犯」ですらなく、「罪を犯した」という意味で犯罪者以外の何物でもない。だから、野放しにして良いはずがないだろう。何らかの日本国法に抵触するならそれを使って罰するべきであるし、そうでなくても何らかの裁きが与えられるべきなのである。

 ところで。1段落目に書いた「FF派vsDQ派」の戦いは、両制作会社同士が合併したこと、そして日本のコンシューマーゲーム業界が苦境に立たされ、“人気RPG同士は争うのではなく手を取り合うべき”という考えが生まれたことで、自然に解決を迎えた。問題というのは、かくあるべきなのである。「何かを否定しなければ自分を立てられない」というのは、弱い者が行うことだ。そもそも、「ゲーム」という業界において、そんな惨めな争いをする必要が果たしてあるのだろうか? いや、娯楽の世界においてまで、そんなお互いを傷つけるような行為をする理由は一切無いはずなのである。
 ――やれ。今回明らかになった重要なことは、この「ネタバレ荒らし」をしている奴らは、もはやゲームが好きでも何でもなく、ただ人の嫌がる姿を見て喜びを覚えるだけの悪党なのだということである。それを罰そうというのならば、我々は応援せざるを得ない。現に、制作会社が法的対処をチラつかせてから、この「ネタバレ荒らし」の数は激減したのだという。それだけで戦いをやめるとは、何という小物なのだろうか…。まあ良い。我々ゲームファンにとって迷惑しかもたらさない存在であるため、そのままどこかに消え去ってくれるとありがたい。ゲームは、ゲームを作る人と、ゲームを楽しむ人の間にこそ存在するべきなのである。

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あなたっていい人ですね(非リアを惑わす呪いの言葉)


 先日26日は、あのPSvita/「ネットハイ」の発売1周年であった。と言っても、俺がプレイしたのは少し後の12月になってからなのだが…。何はともあれ、このような完全新規作で、ましてや通常ならばクリアすれば終わりとなるテキストアドベンチャーで丸1年間熱が冷めないというのは、俺のゲーマー人生全てをもってしても異例と呼ぶべき事態であり、どれだけこの「ネットハイ」が自分の趣味趣向に合っていたかということを示しているだろう。この作品もまた、ゲーマー人生で何度も出会えるわけでもない、「傑作」と呼ぶべきものだったのだ。
 …ちなみに、「ネットハイ」のゲームとしての内容は、ご存じネット世界を舞台とした討論バトルなのであるが、その紹介に関しては既に3回も書いている【2015/12/27】【2016/2/8】【2016/7/16】ため、詳しい説明はそれらに譲ることにしよう。まさに、俺のようなインターネットに親しみながら育ってきた世代のためのゲームであり、当サイト読者の皆さまにもバッチリ合うと思われるので、まだ未プレイの方々には是非遊んでいただきたい作品である。例によって、ゲーム冒頭の1章をほぼ全てプレイできる体験版が配信されているため、少しでも興味を持った方はそちらからダウンロードしてみていただきたい。
 ――ところで。この「ネットハイ」に、俺はかつてないほどハマってしまったということで、かなり前から続編の発表を待ち続けているのであるが、残念ながら本作は売り上げ的に奮わなかったということもあり、1年が経った今となってもその作の声は聞こえてこない。まあ、個人的には1作遊べただけでも奇跡のようなものなのだが、できることならまた新しい作品で、あの世界観を味わい続けてみたいものである。“爆発”させなければならないネット界の悪も増えたことだしな…。

 そんな感じで、本日は最近の俺の「ゲームの選び方」というものについて、書いてみたいと思う。
 …やれ、俺も今から10年以上前は、主力である「ファイナルファンタジー」シリーズを中心として、皆が遊んでいるヒットタイトルのみに目を取られていたのだが、10代終盤〜20代前半の時期にはPS3/PSP時代が訪れ、発売されるタイトルの質が大きく異なるようになってきた。それでも、当時は「ファイナルファンタジー13」「遊戯王5D's タッグフォース6」「モンスターハンターポータブル2ndG」など、歴史的なやり込みタイトルが多く登場していたため、それらを用いて耐え抜いていた。しかしながら、その後にPS3後半&Vita初期が訪れると、ソフト不足は更に加速する。PS3・PSP時代に人気を博したタイトルの多くが、種々の理由で直接の続編が出なくなり、俺はかなりの困窮に立たされた。この時期は、俺が就職をしてしまったこともあり、過去作タイトルを遊びながら、細々としたゲーマー生活を続けていた。この時に熱中したタイトルと言えば、せいぜいプレイ日誌も書いた「地球防衛軍4」くらいのものか。
 ――それから更に時を進め、PS4への移行期である。この頃になると、2014年末のFF13企画開始、PSPの「遊戯王アークファイブ タッグフォース」の登場、PS4による「メタルギアソリッドV:ザ・ファントムペイン」の発売、そして前述の「ネットハイ」に代表されるVitaでの新規タイトルの躍進など、再び俺のゲーム生活は充実してきた。この時には、「仕事とゲームの両立」というものを完全に確立させていたように思う。まあ、前の職場が自分の時間が取りやすいところだったということもあるだろうが。はてはて、繰り返しになるが、俺は本当に転職なんかする必要があったのかねえ…。

 そんなこんなで。「ゲームの選び方」というものについて俺が言えるのは、「ゲームは自分で選んだほうが楽しい」ということである。
 …というのも。かつての俺は、確かに世間で名のある有名タイトルばかりを選んでいた。しかしながら、「ゲームの面白さ」というのは、その人の趣味趣向はもちろんとして、その時の心境や対応ハードなど、様々な要因によって左右される。つまり、人の数だけ傑作タイトルというものは存在するのである。だから、人の意見は確かに参考になるとはいえ、それに完全に左右されてしまうというのは良くないのだ。そもそも我々は、常に仕事面で誰かに振り回されている。「ゲーム」という趣味の領域くらい、自分の好き勝手に任せて遊んでも良いというものではないか。どうして、自分が好きでやっていることを、他人に左右されなければならないというのだ?
 ――まあ、もちろん。無名のタイトルを選ぶとなると、そこに“当たり外れ”という概念も出てくる。だが、自分で選んでそれで外れを引くのであれば、それはそれで仕方がないというものだ。そういう一喜一憂も、また「ゲーム」という文化が持つ一面である。我々は、もはや金銭的には余裕が出来ている。だから、「面白いゲーム」などというものは、他の誰でも無い、自分が決めるのである。例えば、「売り上げ」という矮小な基準をもってしては、自分は決して「ネットハイ」という傑作に出会うことができなかった。それは、「なんか面白そう」という自分の感性に従ったからこそ、巡り会うことができたのである。これからは、好きなゲームというものは、自分で選んで自分で決める。もうそういう時代が来ているのだ。

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