管理人の日記ログ

 
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   / ―\  私はFF13を続けるよ私はFF13を続けるよ
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 「FF13/クリスタリウムなしクリアープレイ日誌:おまけ7」を更新しました。

 今日は「FF13/クリスタリウムなしクリアー:おまけ4」の英語版動画を作っていました! →【Youtube版】【ニコニコ版】
 まあ、動画自体は既にプレイ日誌で公開していたので、今回の仕事はそれを3つ繋げて英語の字幕を付けること。英作文とか何年ぶりだよって感じだったぜ・・・。

 さて、何故このタイミングで「おまけ4」を英語化するのかと言うと、それは海外で頑張っている人たちの話を聞いてしまったからである。ご存じの通りFF13は、海外でも2010年3月に発売され、大ヒットを記録した。そして購入者の中にはもちろん、制限プレイの金字塔である「クリスタリウム封印プレイ」に挑戦する人も居たのだ。
 ・・・ところが、その成果を覗いてみると、未だにラスボス戦をエリクサー2個〜4個で突破できるか否かという状況であった。俺としては、正直言ってそのレベルはさっさと卒業してほしい。というのも、「エリクサー」は合計で4つしか手に入らないが、クリア後のミッションを96%まで攻略するためには3つのエリクサーが必要となるため、つまるところはラスボス戦をエリクサー1個以下でクリアしなければミッションモードが進まないのである。一応、セーブ&リセット法を使う手も有るが・・・。
 まあ俺は、それを見越して「おまけ4」のやり込みを行ったというわけでは無いのだが、直接的に「おまけ5」「おまけ7」に繋がったことはもちろん、厳しい戦いで得た知識と技術から「おまけ6」も生まれた。海外のやり込みゲーマーの方々にも、早くこの境地に達してほしい。そう思って、俺は「おまけ4」の英語版動画を作成したのである。

 まったく。海外の人たちは、自分たちがエリクサー2〜4個で苦労しているラスボス戦が半年も前にエリクサー0個にてクリアされていると知って、驚くどころか(;w∀w)「チート乙だぜ、糞ジャップ共!!」と、いつもの毒舌を発揮してくれるに違いない。だがそうやって話題を巻き起こすことで、熱心なプレイヤーが現われ、いつか誰かが「おまけ4」と同じプレイを、いやそれ以上の事を成し遂げてしてくれるはずである。俺は、やり込み界の進化を少しでも早めることに役立ちたいのだ。
 ・・・と言っても、非難されることを前提として突撃を行うというのは、やはり勇気が必要なものである。それこそ、先日の尖閣事件の動画をYoutubeにアップロードした「sengoku38」にでもなった気分だ。だったら俺も、「tsurutyo」とかいう地味な名前じゃなくて、「doutei22」とか名乗れば良かったかなぁ。

 
うーむ、何度見ても素敵にキモい・・・


 「物は言いよう」という話が有って、俺はそれを心の底から大切だと思っている。
 ――例えば、「あなたの存在自体が害悪なんだよ」という言葉。先日、ある国際会議の場で、内閣の仙石官房長官が産経新聞記者から取材を受けていたという。すると官房長官は、その時に持っていた化粧品にも使われるという筆で産経記者の頬をナデナデしながら、こう言ったそうだ。「この筆が"罪悪"を払ってくれるといいなあ」と。記者が「それはどんな罪悪ですか?」と訊くと、長官は「あなたの存在自体が罪悪だよ」と答えたらしい。
 ・・・ご存じの通り、現在の民主党政権と産経新聞は思想的に対立する関係であり、官房長官が自分に不利な取材をする産経新聞記者のことを"敵"だと思っていても、何も不思議ではない。しかしながら、特定の報道企画を露骨に「罪悪」と呼んで敵視するようなやり方は明らかに不適切であり、案の上ネットでは「仙石辞めろ」「仙石爆発しろ」「戦国SARABA」「仙石氏ね。仙石氏じゃなくて仙石氏ね」などと、官房長官に対する非難の嵐が轟々となってしまったのだ。

 ところがどっこい、その「あなたの存在自体が罪悪だよ」という発言が行われた場面の"画像"を見てみると、上記のような印象はすっかり変わってしまうのだ。
 ――それが冒頭の画像である。記者も笑っているし、長官も笑っている。二人がデキていると言われても不思議ではない。・・・そのことを考慮して、冒頭の「あなたの存在自体が罪悪なんだよ」という発言をあえてインターネット風に書くとすれば、それは次のような感じとなるであろう。

( w∀w)「へぇ、綺麗な筆。これが"罪悪"を払ってくれるといいなぁwwww」
  (・∀・ )「何それ何それ? ねぇ"罪悪"って何なの何なの?」
( w∀w)「この糞うつけwwwwお前は存在自体が"罪悪"だろwwww」 


 そう言えばアメリカでは昔、ブッシュ大統領が身体障害でサングラスを掛けている記者に対して「どうしてグラスを外して質問しないの?」などと不適切な発言をしたことがあったが、大統領はその真意を悟って、「分かったよ、じゃあ次からは他の点で攻撃するね」と"訂正"したという。また、イラクで靴を投げつけられたことを記者団から質問された際には、「僕は攻撃を避けるのには慣れてるんだ。君たち記者のおかげでね」と言ったこともあったそうだ。
 ・・・そういった類のジョークが、日本人にも必要なのである。「身体障害者と知らずに不適切な発言をしてしまった。記者を始め多くの障害者の方々に大変不愉快な気持ちを与えてしまい誠に申し訳無い」とか「我々の考えがイラク国民に伝わらなかったことは甚だ遺憾である。日本人の誠意がイスラムの方々に理解されるよう誠心誠意努力する」とか、そういう真面目な話はノーサンキュー。苦しい状況など、欧米流にジョークでも言って笑い飛ばしてしまえば良いのである。
 ――いやむしろ、この場合の「物は言いよう」とは、記事の"紹介の仕方"の問題だろうか。写真を見るに、官房長官と産経記者が冗談を飛ばし合っていることは明白なのだが、あえてそれを伏せ、「架空の敵対関係」を作り上げて対立を煽る。なるほど確かに、話題作りのためには都合が良いということかもしれないのだが・・・そんな報道がまかり通るのであれば、政治家はジョークの一つも言えなくなってしまうだろう。それは駄目だ。退屈で、面白くない。

 ちなみに、最初の話には続きが存在する。
 官房長官との一連の会話を振り返り、産経新聞の記者は次のように綴ったそうだ。「長官から私に対する愛を感じた」と・・・。
 ――まったく。やっぱりこの二人デキてるんじゃね? 日本人も、まだまだ捨てたものではないというものである。

■ 死 死 死 死 死 ■

 「やり込み in ファイナルファンタジー」へようこそ! このサイトでは、管理人「つる」が行うやり込みプレイの数々を紹介していきます。
 現在連載しているのは「クリスマスなしクリアープレイ日誌」。ご存じ、リア充に必須の行事「クリスマス」を封印したやり込みプレイであり、ぼっちでの戦闘は至難を極めます。そのため、「親」に電話を掛けてお金を振り込んでもらったり、隙を見て「男友達」の召喚を行うことが重要なテクニックとなります。
 ――実は僕、この「クリスマスなしクリアー」はこれが22回目なのですが、今でも新鮮な気持ちで挑むことができます。なぜならば、リア充への憎しみは年々高まっていくから。さあ、今年も憎しみを新たに、クリスマス封印プレイへと挑んで逝くことにしましょう。リア充爆発しろッ!!\(^o^)/

 と。そんなこんなで、2010年も彼女が出来なかった管理人ですこんばんは。いやー、大学も4(3)年生。そろそろヤバくなってきた。何がヤバイって、そりゃあ皆さん、恋人が居ないだけなら22歳なら普通ですなどと考えられるかもしれない。だが俺と来たら、大学生活も4年が過ぎたのにロクな勉強もしていないところとか、この年末にサークルを卒業したら一切の人間関係が無くなってしまうところとか、お金が無くて生活がどんどんボロボロになっていくところとか・・・。
 ――しかし、そんな俺が唯一張り切れる1ヶ月。それが12月なのである。やれ、12月と言えば、(*・∀・)「何歳までサンタさんを信じてた?」なんて微笑ましい話をしていたのはそれこそ何歳までだったか、大人になってからは恋人の有る無しばかりが取り沙汰されてしまう。いや になる話だ・・・。とりわけ、(;w∀w)「う゛ぇ、つるさんまだ彼女出来てなかったんですか?」なんて質問してくる奴。逆に訊こうではないか、どうして俺に彼女が出来ると思ったのかと!!
 ところが12月となると、世間がリア充たちで盛り上がっていくため、逆に我々のような非リア充(?)は、お互いの存在を確かめて団結することができるのだ。だから俺は、12月が大好きなのである。1年のうち12月だけは、心の底から恋人が居なくて良かったと思える・・・。皆さん、全てを諦めましょう。そして、共に戦いましょう<(^o^<)

 さて、我々のような非リア充の至上命題。それはもちろん、「クリスマスの中止」である。
 ・・・まったく、クリスマスの何が"聖なる日"だというのだ。聖だと言うならばそれは"聖戦"の聖であり、正しく表現するなら「クリスマス――怒りの日」というところだ。クリスマスが訪れると、街をうろつく頭の悪そうな糞男も、いかにも頭が良さそうな萌え萌えの女子本郷生も、午前中から巣鴨の駅前につどうGちゃんBARちゃんも、みんながみんなリア充行為へと励むようになる。それが憎い・・・憎たらしくってありゃしない。俺とリア充、なぜ差が付いた。慢心、環境の違い・・・。
 ――とにかく。我々非リア充は、結束してリア充へと立ち向かっていかなければならないのである。そのための手段の一つが、上にも挙げた「クリスマスの中止」なのだ。さあ逝こう、皆の衆。我々の力でリア充を倒し、未来を変えて世界を救おう。リア充を爆破するだけの簡単なお仕事です。明るく楽しい職場です・・・!



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  | |__| |      人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
 / 一 ー\   < 氏ねクリスマス!                  >
/  (・) (・)  |  < 非リア充奥義「二・次・元・世・界」――ッ!!>
|    ○     |   YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__  ─  __ノ




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  / \ /\    人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
 |  (^)=(^) |  < グアアアア!!!!                    >
 |  ●_●  |  < このザ・フジミと言われる無敵のサンタクロースが・・・ >
/ //   ///ヽ < バカなアアアアアアアア                   >
| 〃 ------ ヾ |  YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__二__ノ




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 / 一 ー\   人人人人人人人人人人人人人人人人人
/  (^) (^)  | <やった・・・ついにクリスマスを倒したぞ! >
| //  ○ // |  YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__  ─  __ノ




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 |  (゚)=(゚) |   
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
 |  ●_●  |  
< フフ・・・だが、私を倒しても                 >
/        ヽ 
< 第二・第三のリア充行事が現われることであろう・・・ >
| 〃 ------ ヾ |  
YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__二__ノ





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 非リア充の戦いはここからだ!
 ご愛読ありがとうございました!





 
早く連載を再開してください この構図が完璧すぎる 犬ですらリア充だというのに、俺と来たら・・・

 怒りと悲しみが交互に裏返り、生きていくのが嫌になった。そんな時に俺は、ニコニコ動画で「AV」と呼ばれる動画を見ることにしている。"AV"と言っても、いわゆる「アダルトビデオ」ではなく、「アニマルビデオ」("Animal Video")・・・要は、動物動画のことである。
 ――「動物」というのは不思議なもので、どれだけ我々人間が憎しみに満ちていたとしても、彼らの姿だけは素直な気持ちで見ることができる。なぜなら、動物は一切の"悪意"を持っていないからだ。時には人間に対して友好的に、また時には無関心に、ただ直向ひた む きに生きていく。そういう姿こそ、我々に最も足りないものではないか。
 ・・・そう言えば、家族と暮らしていた頃には、夜の7時〜8時台にテレビで見る番組が無くチャンネルをグルグル回していると、大抵は動物番組で止まるのがオチであった。そんな実体験が表わすように、「動物」というのは、まさに老若男女の誰からも愛される存在なのだ。

 そんなわけで本日は、俺のお気に入りの「AV」を紹介してみたいと思う。ネット上には、テレビで放映されている動物番組に勝るとも劣らないクオリティの動画が幾つも投稿されている。俺が紹介した作品以外にも、面白いもの・切ないもの・興味深いものなどなど多数が存在するので、是非とも「AV(アニマルビデオ)」やそれに類するタグを使い、お気に入りの動物動画を探してみて欲しい。そこでは、普段の生活では決して体験できない、癒しの時間を得ることが可能なはずだ。
 ・・・しっかしまあ、こういう動物の動画を見てると、ホントに動物を飼ってみたいなあと思う。それは単なる「ペット」という枠には収まらず、それこそ家族の一員のような存在である。共に生きる仲間である。きっとそれは、俺にとって真実の希望を与えてくれるだろう。何物にも代えられぬ、"人生のパートナー"となってくれることであろう。

オススメの「AV(アニマルビデオ)」

犬と二人羽織してみた
柴犬にニコニコ動画を見せてみた
アフガニスタンの戦地から帰宅した飼い主に大喜びする犬
(全てニコニコ動画より)



 いけないいけない、今日は久しぶりに更新を行おうとしていたのに、「亡国のイージス」という小説を読んでいて、危うく夜を明かすところだった・・・(;^o^)
 ・・・最近では、外見から想像されるイメージに似合わず、様々な「本」を読んでいる俺。そこで好きなジャンルは、軍事・医学・生物学などをテーマとする、SFやアクション作品と言ったところであろうか。上で挙げた「亡国のイージス」はもちろんだが、最近読んだ中で面白かったのは「リング/らせん」「ホワイトアウト」あたり。昔の作品でも良いのならば、「パラサイト・イヴ」「バトル・ロワイアル」あたりの名前も挙げられるだろう。
 逆に、全くと言って良いほど読まないのが、ライトノベル・流行作品などに代表される「ポピュラー小説」や、いわゆる「純文学」。前者に当てはまる「世界の中心で愛を叫ぶ」なんてのは呆れるほどに糞だった【2009/8/28】し、"いかにも小説"という扱いをされる後者でも、「舞姫」「こゝろ」「羅生門」なんかは、まるで面白いと思えなかった。そんな「純文学」を、どうして大人たちが国語の教科書のページを裂いてまで読ませたいのかということは、未だに分からないものである。
 ――他にも「評論系の文章」でも、歴史教科書に名前が載るようなレベルの名著となると、その善悪は抜きとして、是非とも読んでみたい気持ちが浮かんでくる。「学問のすすめ」は難しかったが面白かったし、まだ手に入れていないが「聖書」「我が闘争」「リヴァイアサン」なんかは、是非とも一度読んでみたいと思っているものだ。

 そして、俺が面白いと思った小説に全て共通する要素が、「とても文章が上手に書かれている」ということである。
 ・・・もはや、一読して内容が分かりやすいというのは当たり前。その文章はとても流麗に書かれており、静かな書き口ながらも緊迫する状況をこれ以上なく正確に伝えてくれる。まったく、「爆発シーン」を読めばその小説のクオリティが分かるとはよく言った話であるが、確かに俺が好きになった小説には、「ドカーン!」「バーン!」などという醜悪な演出を使った作品は、ものの一つも存在しなかったように思える。
 他にも、「無意味に難しい言葉」を使った作品も、同時に存在しなかった。好きなジャンルが軍事・医学・生物学と来ては、その手の専門用語が出てくることは避けられないのであるが、俺が読んだ小説を思い返してみると、それらの難しい用語も気にせずに読み進めていけるものがほとんどだったように思える。まあ、曲がりなりにも"文筆家"である自分を振り返ってみると確かに、無駄に難しい言葉を使うのは他人を馬鹿にしたいときただ一つである。( ^o^)「こんなに難しい言葉を知ってるんだ。俺は凄いだろ?」・・・そんなみじめな自尊心を誇示するためだけに、"難しい言葉"は使われるのだ。
 ――"素晴らしい小説"には、それとまったく感じさせない形で、"素晴らしい文章"が用いられている。さすがは、文章を書いて飯を食っている人々の作品だ。そこには、我々には想像も付かないほどの知識と経験に裏付けされた、とても自然な文章が書かれている。俺も、見習わないとなあ。

■ 死 死 死 死 死 ■

 俺は、大学生活の間にずっと気にしてきた合唱サークルを、この12月で"卒業"することになる。
 ・・・この4年を振り返って。俺にとって、死にたいくらいに憧れた「東京の大学」の姿とは、まさにあのサークルそのものであった。大学のほうと言えば、「世界最高レベル」などと言われる授業は、ゲームのような攻略要素に満ち溢れていた高校とは掛け離れており、とても退屈なものであった。先輩たちは単位の取り方しか教えてくれず、教授は自分の研究を説明するばかり。そんな「学問」とやらは、およそ本気で打ち込んでいく価値は無いように思えた。
 ――そんな俺を変えたのは、ひとえに「サークル」の存在であった。ほんとに、"サークル"というとチャラチャラ遊んでいるだけのような印象に取られるだろうし、事実そのイメージに間違いは無いだろうが、それは確かに、"仮初め"とはいえ、俺に生きることの意味を教えてくれた。人間関係に苦しんだこともあったが、"仕事"と呼ばれる雑事の数々は、大学に入るための受験勉強に比べれば遙かに楽。それをこなしているだけで、立派な構成員の一人として認めてもらえる。そういう場所であった。
 「サークル」での仕事と人間関係こそ、大学生活の真実。もし俺が40や50まで生きていられたとして、人生の一時代としての「大学生活」を思い返すとき、それは決して出席表に名前を書くだけの退屈な授業時間では無い。「仲間」と呼べる人に出会えた場所を、もう一度だけ本気になれるような物を見付けられた空間を、結局は上手く行かなかったけれど子供のように素直な気持ちを向けることができた人を、俺は一生忘れはしまい。それくらい、俺にとって「サークル」は重要なものだったのだ。

 だからこそ、4年生(サークル学年)となってしまい"卒業"をする12月というのは、感慨深いものがある。それで、知らず知らずのうちに、こんなことを俺はつぶやいていた。
 (;^o^)「俺、無事に卒業できるのかなぁ・・・」
 その発言は、「満足する形でサークルを卒業できるのか」という意味である。去年、3年生の過程を終えた時点で引退するという手も有った。だが俺は、「思い残した事がある」などと言い訳をして、サークルを離れようとはしなかった。いやそれは、"できなかった"と表現するほうが正確である。
 そして4年生である今年も、同じような考えから"卒業"を行えない場合も考えられる。常に甘い方向へと流れてしまうのは、俺の悪い癖。冗談交じりで「来年も来てくれますよね」と言う後輩に身を委ねるのは、この上なく楽な処世法。しかしながら俺には、今さらそんなことは許されないのである。
 ・・・だからこそ俺は、「無事に卒業できるのかなあ」と不安に思うと同時に、「4年生の今度こそ引退するぞ」という決意を固めるため、前述の発言を行ったのだ。

 が、それを耳にしていた某女子本郷生は、あろうことか次のような発言を行ったのである。
 ( ;∀;)「う゛ぇッ!? 先パイ"卒業"できるんですかwwwwマジでwwww」
 ・・・それは恐らく、"サークルの卒業"という事項に掛けたうえで、俺が大学で留年をしていることを念頭に置いての発言なのであろう。確かに、無事に大学を"卒業"できるかということは、俺にとって非常に大きな問題である。この期に及んで「高卒」で終わることになってしまっては、この数年間は全くの無駄となってしまう。
 ――が。その発言を耳にした瞬間に、俺の頭は別の方向へと向かっていたのである。俺が、"卒業"をする・・・、だと・・・? しかも、その発言を"女子本郷生"が行う・・・だと・・・? その真意を図りかねた俺は、床に就くまで、左の口元を奇妙な形に歪ませながら、悶々とした一日を過ごすことになったのである・・・。




  (  )
  (  ) 俺ガ "卒業" デキナイダト...
  | |


     バッ
ミヽ(^o^)ノ イイダロウ!
  (  )   アンタデ "卒業" シテヤルゼ!
  ノω|







 __[警]  ウーウーウー
  (  ) ('A`) 
  (  )Vノ )
   | |  | | 

 .
O       .
0            .
o                .
(;^o^)「これを狙っていたのか・・・?」




 大食い女子と小食男子。まるで夫婦めおと漫才のテーマにでもなりそうな話だが、これは現実にもよく有ることである。
 ・・・というのも一般には、「男性はいっぱい食べて、女性はその逆」というイメージが存在するが、俺の身の周りでは何故か小食の男性と大食いの女性ばかりが目に付いてしまうのである。やれ、最近では「若者の車離れ」「若者の酒離れ」「若者の女離れ」などといった成人男性の"消費離れ"が危惧されているが、それはついに「若者の食事離れ」にまで来てしまったという感じである。まあお金が無いし、それに加えて"女性"には手が出ないというか手も足も出ないからなぁ・・・(;^o^)

 例えば、俺は「小食男子」である。朝ご飯を「みそ汁」だけで済ませ、昼ご飯が「カップラーメン1丁」、夜は「サラダとみそ汁」だけでOKだ。なんでこんなことをしているのかってそりゃあ金が無いからなのだが、仮に資金が有ったとしても、俺が大食い男子となることは無いであろう。その理由は、父親が100kg近い巨漢であり、その息子である俺は太りやすい体質だと母親から散々注意されてきたから・・・という理由ではなく、単純に俺が小食系の体質だからである。
 確かに、「みそ汁1杯+コーヒー牛乳」というカロリーの極めて少ない朝食で学校に行くと、昼下がりの頃には、おなかがグウグウと音を上げてしまう。普通の人なら何かを食べたい場面であるが、俺にとっては( ^o^)「だから何?」なのである。腹が減ってはいくさ ができぬと言うが、俺の場合は塩と砂糖と気合で行動ができる。コーラを飲んで糖分とカフェインを補充し、みそ汁で塩分を補給。たんぱく質は、牛乳から補充すれば十分だ。俺は、カロリーを使うような仕事をあまりしてないからなぁ。
 ――そしてここからは性格の話なのだが、そもそも俺は食事をそれほど楽しいと感じないのである。そりゃあ、素敵な食事で女子本郷生と会話が弾むのならば嬉しいが、一人でたらふく食べたとしても、得るのは満足感ではなく罪悪感。(;^o^)「食べなくても生きていけるのに、どうしてこんなに食べてしまったんだろう・・・」という。

 逆に、俺の知り合いの女子本郷生は、何と1日で5食を食べるという。もうこれは絵に描いたような「大食い女子」なのである。
 ・・・と。それだけ聞くと、デ○プラスに出てくるような百貫デブを想像してしまうが、少なくとも彼女を外見を見た感じでは太っているようには見えない、というか全然太っていない。一応、5食のうちメイン3つ以外は、栄養食品を使った簡易的な食事であるらしいが・・・まったく、どういうことなのだろうか。
 ちなみに、その人とサークル関連で何度か食事に同席したことがあるのだが、もう前にしているこっちが困ってしてしまうほどの食べっぷりでああった。しかしながら、その姿を見ていると、この人は心の底から食べるのが好きなんだなあと思えて、「暴飲暴食」などという言葉は消え、代わりに少し幸せな気持ちが残っていた。

 そんな「大食い女子」「小食男子」。両者共に、一般には易々と受け入れがたい存在であることは間違い無い。
 ・・・しかしながら、俺の実体験を踏まえてみると、なるほど「両者の相性」は、なかなか良さそうな感じではないか。

■ 死 死 死 死 死 ■

 ゲームと言えば「ファイナルファンタジー」「ドラゴンクエスト」だったのは、もはや10年近く前の話。ここ数年でゲーム業界は一変し、本来は亜流であったはずの「携帯ゲーム機」が、ついには据え置きを喰らうまでに至った。今現在"ゲーム"と言えば、それは「ポケットモンスター」「モンスターハンター」のような作品を指すだろう。
 ・・・なるほど確かに、どちらも大変優れたゲームソフトである。前者はRPG・後者はアクションゲームという違いはあるが、両者共に「いつでも気軽に楽しめる」「友達と一緒に遊べる」という携帯機の利点を最大限に活かしたうえで、更に「やり込み要素がバツグン」と来ている。これはもう、流行らないほうが変だというものだ。
 ――まあ俺は、こんなサイトをやっていることからも分かるように、今でも世界最高のゲームは「ファイナルファンタジー」だと信じているクチである。ワイドテレビの大画面に映される美麗な映像と重厚なストーリーはこの上なく魅力的であるし、次々と新しい要素を取り入れるバトルシステムは「マンネリ」という言葉を微塵も感じさせはしない。据え置きゲームである以上、テレビの前に構えて遊ぶ必要があるのだが、それすら「腰を据えて遊べる」というメリットに変えることができる。"FF"は、そういう作品なのだ。もっとも、今となっては「海外スタジオの大作ソフト」と「携帯機のヒットタイトル」に挟まれ、静かにその生命を終えようとするシリーズであるが・・・。

 さて、そんなゲーム業界の二大タイトル「ポケットモンスター」「モンスターハンター」であるが、俺は「モンスターハンター」を「ポケットモンスター」の進化版と位置付け、最近ではめっきり「モンスターハンター」しかプレイしなくなってしまった。それには、ちゃんとした理由が存在するのだ。
 ・・・というのも、俺が幼かった頃は、虫の息だったゲームボーイが「ポケットモンスター / 赤・緑」でちょうど息を吹き返した時期である。親に隠れてこっそりゲームボーイを入手していた俺は、寝る間も惜しんで「ピカチュウバージョン」を遊んでいた。ジムリーダーがやたらと強かったのはピカ版仕様だったのかッ!
 そしてその後、第2作となる「ポケットモンスター / 金・銀」が発売された。ゲームボーイカラー対応の目を見張るグラフィックと、全ての面で前作を凌駕する圧倒的なクオリティに、それこそ俺は食い入るようにハマっていった。恐らく、「何百時間も遊んだゲーム」というのは、これが産まれて初めてだったように思う。
 ――と、俺にとっては2作連続で大当たりとなった「ポケットモンスター」シリーズ。この時点で、俺の一生における「ポケモン好き」は決まった・・・ように思えた。

 シリーズ第3作、GBA「ポケットモンスター / ルビー・サファイア」。俺は発売からしばらく時間をおいて買ったのだが、グラフィックは前作から更に進化しており、サウンドは音質的にはもちろん楽曲としても大幅に進化を遂げていた。まったく新しい戦術が要求される「ダブルバトル」や、今までとは異なる「ホウエンずかん」と呼ばれるポケモンラインナップが採用されていたことも、マンネリを嫌う俺にとってはプラスに働いたことだろう。
 ・・・だが、ハードがGBAにまで進化し、既にスーパーファミコンと比べても遜色の無いゲームが遊べる時代。俺の興味は既に、「メトロイド」「ロックマンゼロ」などと言ったアクションゲームや「ファイナルファンタジー」「マザー」などの据え置き移植作へと向かっていた。一方の「ポケットモンスター」は、形式の違いはあるとはいえ、基本的には旧態依然たるコマンド式RPG。ハード性能が上がり多種多様なゲームが遊べるようになった時代で、古い作品をいつまでも遊んでいる義理は無かったのだ。
 もちろん、「ポケットモンスター」シリーズもハードに併せて進化をしなかったという訳ではないのだが、ゲーム性を上げるべきところを、何を勘違いしたのか育成の面倒くささまで大幅にパワーアップしてしまったのである。ゲーム中に登場するポケモンには「ランダムでパラメーターが決まる」という特性があるのだが、それは完全にであり、ひたすら試行を繰り返すしかない。こだわりの程度にも依るが、「ルビー・サファイア」で育成に掛かる時間は1体に付き10時間ほど。しかもその9割以上は、ひたすらゲーム内で移動を繰り返すだけ。ポケモン同士の相性を考えたり、技の組み合わせを考慮する時間より、単純作業のほうが桁違いに長いのである。
 ――そして。そこまでして満足できるポケモンを育てたところで、実際の戦闘で行うことは結局はボタンを連打するだけ。対人戦は通信ラグが酷くてまるで面白くないし、コンピューター戦も弱い敵は単純作業・強い敵は負けるとイライラするという最悪の循環であった。その後に発売された追加版の「ポケットモンスター / エメラルド」がまるで面白いと思えなかったことが決定打となり、俺は「ポケットモンスター」シリーズから去ることになったのだ。

 そしてその後の経緯は、皆さんがご存じの通りである。( ・∀・)「なんか面白いらしいよ」と聞いていたPSPの「モンスターハンターポータブル」を高校卒業と同時に購入し、瞬く間に没頭。続編の「2nd」「2ndG」も楽しくプレイした。据え置き機にも匹敵するグラフィックが、据え置き機にも匹敵するゲーム性の作品が、あれほど小さな携帯ゲーム機で楽しめるというのは、俺にとってまさに「衝撃」であった。それは、初めて「ポケットモンスター」に出会った時と同じか、あるいはそれ以上のものだったかもしれない。・・・かくして俺は、「モンスターハンター」シリーズを携帯機の定番作品――次期ポスト ポケモンだと捉えるようになったのである。
 ・・・ちなみに、この三段落くらいを使って説明した「ポケモンはまああかん」説は、当然であるが俺個人の感想でありゲームソフトの品質を表わすものでは無いため、皆さんが今でも「ポケモン」を楽しんでいるというのであれば、それはそれで全く問題が無い。というか、今でも「ポケモン」シリーズが大ヒットを飛ばしていることを考えれば、むしろ俺のような"反ポケモン派"のほうが少数であろう。だから、「ポケモン」のファンは安心して良いのである。

 というわけで俺としては、携帯ゲーム機で「ポケットモンスター」「モンスターハンター」という世代交代が有ったということになる。
 ――しかし、これを見て、何か気付くことが無いだろうか。そう、「ポケット・モンスター」から「モンスター・ハンター」へ。まったく、落語家では無いが、そこには確かな襲名が行われている。「モンスター」という単語が、"先輩"から"後輩"へと受け継がれているのだ。
 ・・・ということは、である。この法則に当てはめるとすれば、次にヒットする作品は「ハンター・○○○○」という名前を持っているに違いない。流行をいち早く見抜くのは、業界人に何よりも必要な力。そんうわけで、今日は一緒に考えてみようではないか。新しい"一世を風靡するほどの大ヒット作品"の題名を・・・!



  ∩  ∩
  | | | |     人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
  | |__| |    < ということで皆さん、                 >
 / 一 ー\  < 次なる大ヒット作品のタイトルを考えてみましょう >
/  (^) (^)  | < 指定は「ハンター・○○○○」           >
| //  ○ // | < ではまずチビゾウくんからお願いします      >
\__  ─  __ノ   YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY




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/ ̄ヽ/ \ / \/ ̄ヽ    人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
|   /  (゚) (゚)  |    | < はい!                        >
|   |   三    |    | < 『大ヒット』ということは、つまり           >
\_ノ\_   __ノ\_ノ < "百万もの民に受け入れられる"ということです >
      |  |        < そういうわけで・・・「ハンター・オプーナ」で  >
      |  |          YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
      (_,、_)
      しwノ



  ∩  ∩
  | | | |
  | |__| |
 / 一 ー\    人人人人
/  (^) (^)  | <はい却下>
| //  ○ // |   YYYYYY
\__  ─  __ノ



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< 今まで通り"襲名"を行うだけでは                    >
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< いつかまたブームが終わってしまうということになります。     >
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< そういうわけで、『永遠に終わらない』という意味を込めてみました>
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< その名も・・・「ハンター・ハンター」                  
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個人の顔写真を含むため、この画質での掲載となります・・・


 この9月から俺が務めてきた「会報係」の仕事が、やっと終了しました!
 「会報」とは、俺のサークルで皆が記事を持ち寄って作る冊子のことであり、1ヶ月に1回発行されている。その編集を執り行う「会報係」は本来ならば2年生が就く役職なのだが、都合によりその人が今年は来れなくなってしまったため、4年生の俺がそれを引き継いで「会報」を発行することになったのだ。
 ――というわけで俺が担当したのは、2010年9月号〜12月号の計4回。特に"表紙"は、毎号ごとにテーマを決め、気合を入れて作っていった。人の興味を引くためには、何はともあれ「見た目」が大事。その意味で、「会報係」となった俺には魅力的な表紙を作り上げる"義務"が存在する・・・などと一般には説明していたが、ぶっちゃけるとネタ表紙が作りたかったから会報係をやったと言っても過言ではない。それだけに、多くの方からご好評を頂くことができて、素直に嬉しく思えた。

 そして、最終号の12月号。その裏表紙には、"とある人"への「感謝」の思いが込められている。
 ・・・というのも、今月号の裏表紙では俺の顔写真をネタとして用いたのであるが、そこで参考にしたのが、某所に載せられている"とある人"の写真。その人のネタを、俺が更に「パロディ」として使わせていただいたのである。サークル内ではまさにタイムリーなネタであり、大いに話題を呼ぶことになった("なる"?)
 ――と、それだけならただのネタ師なのだが、俺が"その人"のパロディネタを用いたということにこそ意味がある。この1年で、どれだけ俺は"あの人"にお世話になったことか。傷付くことも有ったけど、いつも俺はあの人から元気を貰ってきた。だからこそ俺は、4年生となってもサークルに参加することができたのである。
 しかしながら、そんな人に対して( ^o^)「あなたの笑顔に勇気付けられていました。1年間どうもありがとう」などと直接伝えるというのは、いかにもDTというものである。そんな恥ずかしい言葉を言うことなどできるはずもないし、そもそも俺と"あの人"は、そういう単純な言葉で片付けられる関係ではない。だからこそ俺は、あの人のネタに対して更にネタで返すという、そういう方法で「感謝の気持ち」を表わすことになったのだ。

 ネタに対して更なるネタを作るとか、まったく俺らしい"感謝の方法"である。
 ・・・だが、その人の「嫁募集中」に対して俺が「夫募集中」と返したということは・・・当然、"そういう意味"を含んでくるのである。いやさすがに、今さら何かをしようという気は存在しないけれども、かつてお世話になった相手として、そして掛け替えのない「仲間」として。サークルを卒業する前に、何か告げなくては気が済まなかったのだ。
 ――直接は会話できないし、その感情はおよそ「好意」などという単純な言葉では形容できるものではない。だけれども、お互いに普通の友人同士とは違った気持ちを抱く関係。この1年半で、俺にはいろいろな事があったし、彼女にもいろいろな事があった。これで良かったのだ、俺と"あの人"は。

 
やだ、可愛いじゃない・・・


 こちらでは少々告知が遅れてしまいましたが、FF13の1周年記念企画「オプティマ変更なしクリアー」をスタートさせました!
 ――ある意味で"おまけ企画"に近かった前作の「最強キャラ決定戦」とは違い、今回の「オプティマ変更なしクリアー」は、ニューゲームからエンディングまでの通しプレイを舞台とした正真正銘の新やり込みである。俺としても、ゲームプレイ&文章制作に気合が入るというものだ。
 その制限は、読んで字の如く「オプティマチェンジの封印」である。よって戦闘中に陣形を変更することが不可能となり、強敵との戦いでは「DEF+HLR+ATK」などのでひたすら単体攻撃を繰り返すことが基本となってしまう。そのため、1回1回の戦闘に極めて長い時間が掛かることが予想されるのであるが・・・それこそ、このやり込みプレイの"面白み"というものである。通常プレイでそんなことをしてもつまらないだけなのだが、思い切ってやり込みプレイにしてしまえば、そこに価値も生まれてくるのだ。

 ちなみに、この企画の第1話を更新したのは2010年12月17日。ご存じの通り、FF13の1歳の誕生日である。その記念企画として最初からやり込みをスタートする予定だったのかと訊かれれば全然そんなことは無く、テストプレイ自体は1ヶ月前から始めていた。そして数日前、やっと更新する時間が取れたため( ^o^)「時期もアレだし、せっかくだから『1周年記念企画』として連載しよう!」ということになったのである。このサイトは皆さまの予想通り、極めてデタラメに運営されております。
 ・・・まあ、企画が"記念"であろうと無かろうと。今回の「オプティマ変更なしクリアー」は、俺にとって久しぶりとなる正統派やり込みプレイ日誌の連載である。大好きなFF13が再び楽しめる。そして大好きなプレイ日誌が再び書ける。さあ、今回も頑張るぞ〜!!
 ――ということで、「FF13:オプティマ変更なしクリアー」。現時点では、全8回・2ヶ月程度の連載を予定しております。応援よろしくお願いします\(^o^)/

■ 死 死 死 死 死 ■

 去る2010年12月16日(木)。ついに俺は、氏にたいくらいに憧れたリア充になってしまったのである・・・!
 ――その日。大学では1限が休講だというのに、はやる気持ちを抑えきれず、無駄に朝早く起きてしまった俺。ここで焦っては全てが無駄になると分かっているが、やはり思春期男子の一人として、どうしても気分が盛り上がってしまうのだ。落ち着け、落ち着くんだ、俺! 2,3,5,7,11,13,17,19・・・(;^o^)
 そういうわけで俺は、手早く準備を整えて外出がいしゅつし、道中の郵便局でお金を下ろすことも忘れず、目的地の秋葉原へと到着した。すると有る有る、予想通り「入荷しました」の看板が! やれ、毎週木曜日は新作ゲームの発売日なので、それに合わせて入荷が行われると読んでいたのだが・・・まさか本当に上手く行くとは。更に、レジの前には既に数十人の行列が出来ており、チンタラ午後に来ていたら売り切れてしまっていたかも知れない。朝早くに来たのも正解だったということだ。
 ・・・そう。先週木曜日に俺は、300万本を出荷したというのに売り切れ続出の文字通り"怪物"ソフト「モンスターハンターポータブル3rd」を購入できたのであるッ!

 ――はい! "リア充になれた"と聞いて「俺に彼女が出来た」のだと思った方は、40字以内で説明してください。どうして俺に彼女が出来ると思ったのですか?
 まあ、そんな前置きはともかくとして・・・今回の「モンハンP3」(「3rd」)は、携帯機では前作「2ndG」から2年半ぶりとなる「モンハン」シリーズの続編である。「P3」では据え置きで発売された「3」をモデルとしたフルモデルチェンジが為されており、登場する敵のほとんどが新モンスター。また据え置き版では7種類に削られてしまった武器も、「P3」では前作までの全種類に新顔の"スラッシュアックス"を加えた12種類が収録されている。割とリアルに据え置きの「モンハン3」とは何だったのかという話である。
 ・・・また、「2nd」から「2ndG」のような"バージョンアップ版"ではなく、「P3」は完全新作に相当する作品であるため、多くの点でシステムの改良が行われている。あまりにも自然すぎて気付かなかったが壁に向かって突進し横滑りをするモンスターは居なくなったし、エリアチェンジ時に敵がアサッテの方向へと飛んで行くことも無くなった。攻撃の当たり判定は全般に素直となり、似たり寄ったりの動きをする水増し系モンスターは全て削除された。
 ――やれ、600時間プレイした前作「2ndG」と比べると、まだまだ慣れない点も存在するのだが・・・全般に言って、今回の「モンハンP3」はシリーズの流れを汲みながらも遊びやすくなり新要素も追加された、まさに正統続編だと判断することができる。これまでにシリーズを楽しんできた人にとっては、間違い無く「買い」の作品であろう。ちなみに「2ndG」は「P3」とは重複しない要素が多いため、初プレイは「2ndG」でも良いかもしれない。ロイヤルローズ先生の毒無双が楽しめるのは2ndGだけ!

 ところで、なぜ俺が「モンハンP3を購入する=リア充」という考えに至ったのかと言うと、それには幾つか理由が存在する。
 まず一つに、「モンハン」は友人と共に楽しむゲームであるということ。「ポータブル」系のシリーズでは、人数分のソフトとPSPを持ち寄ることにより、最大4人までの協力プレイを楽しむことができる。一緒にゲームで遊んでくれる仲間が居る時点でそいつは間違い無くリア充なのだ。しかしながら、俺はご存じの通り友達が居ないので、全プレイ時間の99%以上を1人でシコシコ楽しむことになる。ま、"一人プレイ"は慣れてるってもんだがね\(^o^)/
 そしてもう一つに、「P3を遊べている時点で、その人物はリア充である」ということが存在する。上にも書いた通り、「P3」は今月1日の発売2週間から既に300万本を出荷したそうだが、それでも未だに売り切れ店が続出している。そんな状況で新作を楽しんでいる人物は、まごうことなき爆発推奨の「リア充」なのだ。
 ――ということで。「モンハンP3が買えた人=リア充」という式が成立することが分かった。更に事実として、「俺=モンハンP3が買えた人」である。つまるところ当然の結果として、「俺=リア充」という式が成り立つのだ。勝った!人生完ッッ!! デュフwwwwヂュフフフフフフwwwwフォカヌポウwwwwwwww



   / ̄ ̄\             _____________
 /   _ノ  \          /あーモンハンP3まじおもろいわ \
 |    ( ●)(●)        \彼女とかイラネ ギュフフフフ... /
. |     (__人__)           ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  |  U  ` ⌒´ノ               ..____
.  |         }              ../     \
.  ヽ        }             ./ノ  \    \ 
   ヽ     ノ      \     / /゚\  /゚\   \
   /    く  \      \   ..|   (__人__)       |
   |     \   \       \  \  .` ⌒´|'|    ../
    |    |ヽ、二⌒)、        \ ノ      U    \

  ___∧______
/お前の顔が        \
\一番のモンスターだよ... /
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




 俺は「16:9」が大好きである。この数値は、まず言っておくが理想のトップ:アンダーの比ではない。16:9ってなんだよどんだけ奇乳だよ。
 ――この16:9とは、ハイビジョン規格で使われる画面のアスペクト比であり、横の"16"に対して縦が"9"となる横長サイズである。少し前までは「ワイド画面」などと呼ばれたものであったが、近頃はテレビを始めとしてディスプレイのほとんどが横長となっているため、昔のように特別視する必要も無くなってしまった。今や、アニメの中などで描かれる典型的な"テレビ"の姿も、4:3の四角い箱ではなく16:9のワイド画面になってしまったほどだ。
 では、一体どうして「16:9」という横長のサイズを画面として用いるのかというと、そもそも人間の目は横に2つ付いているため、左右に長いほうが自然に画像を見ることができるのである。かつて「4:3」というアスペクト比が採用されたのも、当時の技術では横長画面の物理的強度が保てないという問題が有ったためであり、それが改善された現在となっては、16:9のような横長画面へと移行するのは至極当然の流れだと言えるであろう。

 俺が「16:9」を好きになったきっかけは、4年前に購入したPSPである。その外見写真を初めて見たときには(;^o^)「なんだこの無駄に横長な画面は・・・」などと思ったものであったが、実際に手に取って遊んでみると、圧倒的なグラフィック性能(当時)とワイド画面は凄まじいまでに相性が良く、今までの携帯機とは段違いにゲームへと没入していくことができた。その異質な外見とは裏腹に、「16:9」はとても自然に見ることができる画面サイズだということを、俺は身をもって知ったのである。
 ・・・そして以降、俺は「16:9」の画像を非常に愛するようになったのだ。世間もちょうどアナログからデジタルへ、4:3から16:9へと移行してきた時期であり、「ファイナルファンタジー13」などに代表されるPS3の次世代ゲームはもちろん、遊戯王のアニメも「5D's」から16:9で放映されるようになった。まだまだ世間的には移行期であり、若干の混乱が生じてはいるが・・・もう数年もすれば、完全に映像は16:9が主流となることであろう。

 そして俺は、このサイトの制作にも「16:9」を積極的に取り入れているのである。
 ここまで散々、「16:9の画像はとても自然に見ることができる」と論じてきたが・・・論より証拠。以下の2つの画像をご覧いただこう。


ここまで来ると職人芸を感じる・・・


顔芸は遊戯王の伝統です


 ――画像はアニメ「遊戯王」より。もう一見しただけでその違いは明らか。圧倒的にワイド画像のほうが自然に見れるのである。むしろ、もっと横長でも良いくらいだ。
 このサイトには、"16:9で制作された画像"をそのまま載せることはもちろん、場合によっては4:3画像の上下を削り強引にワイド画像として載せてしまうパターンさえ存在する。実際に見てもらって分かったように、今流行りのワイド画像はインターネットにも向いていると言えるのだ。

 ただ、「16:9」のアスペクト比にも苦手要素があって、それは「文字を読ませること」である。というのも上で述べた通り、画像を感覚的に理解するには「横長画面」のほうが向いているのだが、一方で人間の思考は「上から下」へと進行するものである。そのため、文書を読ませることを目的とした画像・映像を制作する場合、ワイド画面の視認性の良さが完全に死んでしまうのだ。逆に、横長画面を左から右へとフルに使った論理文というと・・・うん、凄くイライラする文章が想像できるわ。
 そう言えば、俺の大学では1台で数十万円は掛かっていそうなワイドテレビが教室に何台も設置されているが、主にスライドの画像を読ませることが目的となる大学の授業では、ワイド画面によって得られるメリットは非常に少ない。つまるところの金の無駄なのである。
 ・・・まあ、これからは間違い無くワイド画像の時代となるため、その未来を見据えた「投資」と捉えることもできなくはない。そもそも「大学」という組織自体が、"百の資材"を投入して"一の成果"を得るような場所だから、テレビの購入費くらいはどうでもいい話・・・なのかもしれない。

 1年間どうもありがとう。愛してる。コポォwwwwwwwww

 ・生きてるよー\(^o^)/
 ・クリスマス終了wwwwwwww
 ・FF13が楽しすぎて生きていくのが辛い。
 ・FF13と水さえ有れば死ぬまで生きていける!
 ・プレイ日誌の執筆が負担すぎる。誰か代わりに書いてくれー\(^o^)/
 ・今年は色々と萌え尽きた1年でした。
 ・自分を磨きたい。もっと魅力的な人になりたい。
 ・来年は誰かの心を動かせますように。

 シーチキンうまい!
 ――以上、更新履歴に「管理人の日記」を残すためだけのつぶやきでした\(^o^)/

 非リア充の皆様、おめでとうございます。見事にクリスマスが終了しました。クリスマスはおわコン(終わったコンテンツ)ということですねッ!
 今年はちょっとした仕事があるため、年末年始に帰省も行わず、いつも通り東京の寒くて狭い警備室からお送りしている管理人であります\(^o^)/

 そして今月24日には、俺のサークルの演奏会がありました! 日付がまあアレということで、団員が「クリスマスを中止せよ!」という思いの元に一丸となり、半年間練習を行ってきました。嘘です、クリスマス中止は俺の個人的な考えです。でも、今年の俺の"クリスマス"は、とっても素敵なものになりました。
 ――今年で俺は4年生。あのサークルでは3年生以下が主体なのですが、いろいろな事情から、俺は4年生でも参加することを決めました。そしてこの1年間、予想通り俺は様々な人に迷惑を掛けることになってしまいましたが、それでも多くの人が俺を"仲間"と認めてくれたため、とても幸せな時間を過ごすことができました。その極めつけが、先日の演奏会です。あの場に居た人々とも、もう二度と一緒に歌うことはできません。演奏会は、俺の「卒業式」だったのです。
 ・・・確かに心残りが無いわけではないけれども、ここらが身の引き所でしょう。この1年で、俺は十分に甘えさせていただきました。それを永遠に続けるわけにはいきません。しっかりと自分の足で立って、一人でも生きていけるようにしなければならないのです。

 今は心が空っぽで、何をしていても他人行儀。やがて授業が再開されますが、大学に行っても面白くないし、恐らくは大学に行かなくても面白くないことでしょう。
 ――だけれども、高校を卒業して一人暮らしを始めたことによる"心の穴"を大学での仲間たちが埋めてくれたように、今の俺に出来た空白も、いつか誰かが埋めてくれるはずなのです。少なくとも今は、そう信じておきたい。未来のことは何も分からず、ひょっとしたらそれは出席表に名前を書いて無人の部屋に帰ってくるだけの、およそ人間らしい要素が存在しない"生活"かもしれない。だけれども、希望だけは見失わずに生きていきたいと思っています。
 サークルで過ごしたこの4年間、俺はとても幸せでした。皆様に出会わなければ、俺はふらふらと死んだように生きていたか、あるいはそもそも生きていなかったかもしれません。俺は皆様から、確かな「希望」を頂きました。その恩は一生忘れません。またいつかどこか、別の形でお会いしましょう。


 
ちなみに偽物じゃないですよ

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