管理人の日記ログ


 

 今日から7月ですね!
 いよいよ試験期間。一年前に散々な目にあった俺としては、決戦の時期でもあります。

 今月からの新機能として、前々から要望の有った「コメント欄」を導入してみましたッ!
 とりあえず"試験中"ということで運用してみるので、じゃんじゃん書き込んじゃってください\(^o^)/

コメント欄を使用するうえでのご注意

・管理人は、基本的にコメント欄への関与を行いません。優しく、仲良く使ってください。
・ただし、異常に悪質な場合は、コメント削除やアクセス制限も有り得ます。優しく(ry
・右上の「設定」欄で名前を入力することにより、以降自動的に名前が表示されます。
・テスト中なので、バグ報告や「面白い」「コメント欄は必要ない」などの感想はどんどんお寄せください。
・当サイトの雰囲気と比べて無駄にスタイリッシュなのは仕様です\(^o^)/
・特に困ったことが無ければ・・・お楽しみください!



 
 
※画像は本文と全く関係ありません


 「地雷」とは、我々の世界では主にクソゲーを指す言葉である。しかしながら元々の「地雷」は、ご存じの通り、踏むと爆発する兵器のことであり、英語では"Mine"と綴る。"クレイモア"と呼ばれることもあるが、それは米軍の対人地雷「M18 Claymore」が持つ固有名詞であって、地雷全体を指す単語ではない。
 その「地雷」には様々な種類があって、人間をターゲットとした「対人地雷」、装甲車両を狙う「対戦車地雷」、また(;^o^)「どういうことなの・・・」という感じだが「核地雷」なる兵器も存在するそうだ。安価で単純だが、敵軍の行動を大きく制限できるため、守備側にとっては非常に役立つ兵器である。というのも、地雷が1個埋まっているだけで、敵軍はその土地を通行できなくなってしまう。そして迂回してきたところを、待ち伏せ攻撃で撃滅すれば良いということなのだ(´ー`)

 そんな「地雷」であるが、何と子供向けの本にも「悪魔の兵器」と書かれてしまうソス兵器となっている。どういうことかというと、地雷は一度敷設すると半永久的に効果が続くため、戦争が終わっても無力化されず、民間人に牙を剥いてしまうのだ。地雷を爆発させてしまった時の人的被害はもちろんであるが、地雷が埋まっている可能性が有るというだけで、その土地の資産価値は0になってしまう。それがまた、戦災を受けた国の復興を妨げてしまうのである。
 普通、正規軍が地雷を用いる際には、しっかりとした計画を元に地雷を敷設し、用が済んだら除去を行うことが多い。そうしなければ、作戦遂行上の邪魔になってしまうからである。だが、非正規戦などでは1個ずつ地雷を設置している暇など有るはずが無いため、航空機から地雷を空中散布する方法が用いられる。だがそうすると、地雷をどこに埋めたかが分からなくなってしまうため、結果として地雷は「悪魔の兵器」と化してしまうのである。要は、使い方に問題があるということなのだ。
 ・・・ちなみに、よく聞く話に「子供の興味を惹くために、おもちゃのような形をした地雷がある」という物があるが、残念ながらそのような事実は確認されていない。純粋に嫌がらせ目的で作られた地雷は、とりあえず今のところは存在しないようだ。

 ということで、便利な兵器ながらも、使い方を間違えると非戦闘員にも危害を与えてしまう「地雷」。"専守防衛"を旨とする日本としては、是非ともルールを守って厳格に運用したいところである・・・が!なんと我が国日本、1997年に「対人地雷禁止条約」なるものに署名し、所有していた100万発もの対人地雷を使わずに破棄してしまったのである。勿体無い・・・勿体無すぎる・・・。使い方さえ守れば、日本の防衛において、この上無く適合した兵器であるのに。
 しかもこの「対人地雷禁止条約」、肝心のアメリカ・ロシア・中国などの地雷輸出大国が批准しておらず、実質的な地雷の脅威は何も減っていないのである。防衛目的に使用される先進国の地雷が処分され、紛争などで用いられる安価な地雷は引き続き野放し状態・・・と。
 ――まったく。こんなことでは、まだまだ平和は遠いと言わざるを得ない('A`)

 「モンロー効果」とは、擂鉢状の物体に入れた火薬を炸裂させると衝撃波が一方向に向かって集中する法則・・・ではなく、風によって女性のスカートがめくれ上がる現象のことである。1955年のアメリカ映画「七年目の浮気」にて、あの伝説の大女優マリリン・モンローのスカートが地下鉄の風で派手にめくれるというシーンが有り、そこから転じて、女性のスカートが風でめくれ上がること全般を「モンロー効果」と呼ぶようになったのだ。
 マリリン・モンローのスカートをばぼあーとめくり上げたのは地下鉄からの排気であるが、そうでなくとも都会では「ビル風」と呼ばれる現象が起き、上空が穏やかであっても突風が発生することがある。つまり、JK・・・女子○場生のパンツがめくれる瞬間を見たい我々にとって、東京はうってつけの場所となっているのだ(^q^)
 ・・・ちなみに、アメリカには「モンロー主義」という言葉もあって、これは日・欧で「ズボンっ娘」などと呼ばれる男のロマンをまるで理解していないうつけ女子どもが増殖していることに対抗し、アメリカだけは孤立して、パンツがまる見せになるようなスカートを着用していこう!という、アメリカの「独立主義」を謳った宣言である。第5代アメリカ大統領ジェームズ・モンローが提唱した概念であり・・・って、なんか時代的に色々矛盾している気もするが、詳しくは自分で調べてくれぃ('A`)

 女性のスカート、それは男の永遠のファンタジーゾーンである。中身が見えそうで見えないからこそ、気になってしまう。そして突風でスカートがめくれれば、どれだけ俗世間から解脱した僧侶であっても、スカートの中身を見てしまわざるを得ない。やれ、「風が吹くと桶屋が儲かる」とはよく言うが、現実に儲かるのはティッシュ屋では無いだろうか。つまりどういうことかと言うと、「風が吹く」「女子駒○生のパンツがめくれる」「とりあえず家に帰る」「ティッシュが消費される」という(ry
 ――しかし!上にも書いたが、最近の日本ではズボンをはいている女性や、スカートをはいていても下に何かを付けている場合が多い。中学校の時は体操着の短パンに苦しめられ、そして21となった現在では「レギンス」なる暗黒物質に野望を阻まれている。スカートをはいてるってことはパンツを見せたいってことだろ。だったら隠さないで見せろ!見せたくないならスカートをはくな!でもスカートをはけ!全員スカートをはいてパンツを見せろッ!!
 ・・・まったく。日本の名だたるファッションリーダー達は、男には理解不能の服ばっかりを作ってないで、早く「ズボン」っていう名前のパンツを作れよ(´・ω・`)

            ____ +
           (\二二二ノ +
            \\二ニ/
                 ヽ)二ソ
                ̄

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  __/ く_   / / |  |\ \  __/ /
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 では、この日記の読者のうち9割を占めるとされる男性諸君。ここからは実際に、女子○場生のパンツがめくれる瞬間を目撃するための心得を紹介して逝こう。
 用意しておくべき物は当然「ティッシュ」であり、これが無ければ飛び散ってしまって大変・・・などという冗談は置いておいて、やはり必要なのは「風」である。「風」が吹かなければ、スカートがめくれることは有り得ない。結局最後は神頼みなのだ。八百万の神のうち、パンツをめくってくれる風神様へと祈ろう。
 ということで、実際に街に出て、女子駒○生のパンツがめくれる瞬間を目撃するため、待ち伏せを行ってみるのである――。


        ∧_∧
        (・ω・* ) キャ-!
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   ミミ  ~ヘ__(
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        しwノ



 
 
ホント何なんだよこの画像・・・


 いや、何が何だか分からない画像だと思うが、これは昨晩遅くに行われたワールドカップの「ウルグアイvsガーナ」戦での1シーンである。決まれば即座に決着という延長後半ロスタイム、ガーナにボールを押し込まれたウルグアイの選手が、決死の覚悟で手を使ってゴールを阻止したのだ。当然だが、その選手はゴールキーパーではないため、手を使うのは凄まじいまでの反則である。そういうわけで、その選手はレッドカードを貰って一発退場し、ガーナにPKのチャンスが与えられたのだが・・・そのガーナがPKを外し、延長時間が終了して勝負はPK戦へ。そしてPK戦で、ウルグアイが4-2で見事に勝利し、4強への切符を手にしたのである。
 ――もし、上の画像のゴールが決まっていたとしたら、延長後半ロスタイムということもあって、ウルグアイの敗退は確実なものとなっていた。そのため、退場覚悟で手を使ってボールを阻止し、希望をPKへと繋いだのである。結果としてウルグアイを勝利へと導いたレッドカードの反則は、ウルグアイでは「神の手」と讃えられているそうだ。
 ・・・が、言うまでもなくサッカーで手を使うのは反則であり、とてもじゃないが手でボールを止めるという行為は褒め称えられたものではない。スポーツというのは、マナーを守ってフェアに楽しむもの。確かに勝ちはしたが、「終盤ならば退場処置も痛くない」という抜け穴を利用してゴールを阻止したウルグアイ選手の行為は、およそフェアプレーの精神からは掛け離れており、それが勝利へと繋がったとしても、恥じて忌むべき行為に相当するのだ。

 このような悪質な違反に対しては、実際に行われた「レッドカード&PK」でも手ぬるい。本来ならば、手で阻止した行為を無しにして、そのままガーナに得点を加えても良いくらいである。しかしながら、サッカーのルールには、どれだけ重い反則を犯したとしても「相手チームに得点を与える」というペナルティは存在しない。ならば特別に「ハンドで得点を阻止した場合は、相手に得点を与えるようにする」というルールを付け加えれば良いではないか・・・と思うかもしれないが、それはできないのである。
 何故かと言うと、このようなルールによって規定された物には、必ず「事後法の禁止」という原則が存在する。それは、後から決めたルールによって、昔の行為を裁くことができないということであり、法やルールの大前提となっている。もし仮に、"事後法"によって過去の行為を罰することができたとしよう。すると当然その逆に、当時は犯罪だった行為が罪では無くなってしまうということも考えられてしまう。そのような状況では、事実上ルールの意味が無くなってしまうのである。
 ・・・ほら、昨日まで( ・∀・)「アルゼンチンは強いね!絶対今回大会では優勝するよッ!」と言っていたのに、実際の「ドイツvsアルゼンチン」戦を見て(;・∀・)「いやー、ドイツ強い!実は俺、最初からドイツが勝つと思ってたんだよ★」などと発言をコロリと変えるような人間が居たとしたら、そんな人物の発言はおよそ信頼するに値しないだろう。それと同じで、「スポーツ」であろうと「法治国家」であろうと、決して「事後法」を用いてはならない。だからこそ、ジャッジの絶対性は保たれるのである。

 数日前の日記【2010/06/22】「ハード」「ソフト」の違いは分かっていただいたと思うが、では皆さん、「アナログ」「デジタル」の違いはご存じであろうか。アナログが低画質、デジタルがワイド対応の高画質・・・というのはテレビ放送の話であり、それらの違いによってもたらされる副産物の一つである。
 では実際に「アナログ」「デジタル」の違いとは何かと言うと、まず定義的に言えば、アナログとは「連続的な信号」であり、その逆にデジタルとは「離散的な信号」のことである。と言ってもこれではサッパリ分からないため、もっと簡便に説明するとすれば、アナログはsin/cosカーブのような「細かい値」を取る信号、一方のデジタルは「0」と「1」だけの世界と考えていただければ分かりやすいであろう。「〜」がアナログ、「  ̄_ ̄ 」がデジタルね(´ー`)
 ・・・我々の身の回りの世界は、その全てが「アナログ」によって構築されている。例えば、物質の存在や運動は決してミクロな単位では捉えられないし、言葉や感情といった人間の活動も、決して一意的な記号を使って理解できるものではない。一方でコンピューターの世界では、機械的に処理しやすくエラーも少ない「デジタル」が多く用いられる。機械的に処理がしやすいということは、一度に送信可能なデーター量も増えるわけであり、結果として最初に挙げた「テレビのデジタル放送」が高画質へと繋がる要因となっているのである。実際に下の画像を見ていただければ、人間世界的な「アナログ」と記号化された「デジタル」の違いが、よく分かって頂けるはずだ。

C 「ていおん!」っていうパロディをいつかやりたい


「アナログ」の世界


「デジタル」の世界


 そんな「アナログ」「デジタル」であるが、どちらが優れているかということは一概に判断することはできない。例えばコンピューターの場合、前述の通り処理がしやすく間違いも少ないデジタルに圧倒的な分があるが、アナログにも「A/D変換を挟まずにリアルタイムな処理が行える」という点や、アナログ処理に乗るノイズを( ・∀・)「だがそれがいい!」などと捉える変態オーディオヲタクが居るため、決してアナログ処理の需要が無いということではない。俺の大学の回路設計でも「アナログ回路」「デジタル回路」の両方を学ぶため、基本的には「アナログ」と「デジタル」は共存する原理であると考えて良いであろう。
 他にも、「アナログ=三次元世界」「デジタル=二次元世界」と考えることもできる。そう思うと「デジタル」のほうが圧倒的に優れているような気がしてしまうが・・・ちょっと待って欲しい。現実を見よ。果たして、二次元世界の男が魅力的だったことが有るだろうか。あんな糞リア充どもよりも、三次元の男のほうがよっぽど優しいではないか。つまるところ、「男は三次元が最高&二次元がカス」「女は二次元が最高&三次元がカsうわなんだおmやmrィ゛ゃゾ┛A
 要するに、「アナログ」「デジタル」の両方を学ばなければ、双対する世界の真実に触れたとき人は定められし宿命と対峙することはできないのである(´・ω・`)

 さて。
 「デジタル」が持つ魅力の一つに、それが非常に加工しやすいということがある。例えば、三次元で「アナログ」な造形を行うのは至難の業だが、それを二次元世界という「デジタル」に持ち込めば、加工は非常に簡単となる。一般に、物質の"次元"を下げると、ほとんどの物は扱いやすくなるのである。
 ・・・では今日は、まず下の画像をご覧頂こう。皆さんご存じ、「アナログ世界」において、自身の見栄えに悩みを抱えている女性の姿である。

俺より酷い・・・


 この何とも言えない一枚を、今日は俺の持つ「デジタル加工技術」を使って、萌え画像へと変換してみることにしよう。
 ――なあに、この画像の"問題点"は一ヶ所だ。そこ(・・)さえ上手く加工すれば、すぐに魅力的な女性の写真へと変わってくれるはずである。さあ、逝こう・・・!





1/2









 
 


 上の動画は、ワールドカップのTV中継などで放映された、カップヌードルのCMである。見ての通り、最初は一般的な洋楽のミュージックビデオなのだが、途中から「歌ってたら ハラ減った ハラ減ったハラ減った Oh〜カップヌードル♪」などと歌い出され、カップヌードルの宣伝へと姿を変えてしまう。・・・要するに、タダの"替え歌"なのだが、その歌詞が面白いことと、映像が無駄にスタイリッシュなことが相まって、あっという間に俺のお気に入りCMとなってしまった。テレビでこれが流れると、俺は体をクネクネさせながら( ^o^「ほかの〜じゃや〜よ♪ほかの〜じゃや〜よぉ♪」などと似てない物マネをしてしまう始末なのである。
 ・・・調べてみると、上のミュージックビデオはイギリスの"ジャミロクアイ"というバンドが1996年に発表した「ヴァーチャル・インサニティ」という曲らしい。PVの動く床と戯れるように歌うスタイリッシュな映像が話題となり、その年の音楽賞を4つも受賞したそうだ。そして替え歌のほうも、歌詞と口パクがピッタリ合ってて素敵・・・と言いたいところであるが、これはどうやらデジタル加工によって唇の動き自体を変えてしまったらしい。なんという無駄な技術力・・・。だが、そのような手間があって初めて、上のCMのようなシュールな笑いが我々へともたらされるのである。

 今回、サッカーワールドカップを見るにあたって、久しぶりに遊戯王以外のテレビ番組を見たが・・・面白いではないか、「テレビCM」。上に挙げた「カップヌードル」の物はもちろんであるが、サボテンと風船が抱き合う「コカコーラ」のCMや、面白い&女優が可愛い「三井住友海上」のCMなどなど・・・。中には自○党のCMみたいな酷いヤツもあるが、本来は番組と関係無い「CM」でさえも、楽しんで見ていくことができたように思う。さすが、国民的関心が高いサッカー中継のCMだけはあるよ(´ー`)
 ――「15秒」ないし「30秒」という短い時間で、いかに消費者の興味・関心を惹くか。それを最重要の命題として、「テレビCM」は何十年も昔から進化を続けてきた。その末裔である現在のコマーシャルは、まさに文字通り「プロの犯行」と言わざるを得ない。「人の気持ちを掴める人」って、ホントに凄いと思う。



 

 俺は甘党である。昼ご飯には「菓子パン」を2〜3個食べてしまうし、夜中に作業をする際のお伴も、コーヒやお酒ではなく、甘〜い甘い「コカコーラ」。一般に、女性や子供は甘い食べ物が好きであり、「スイーツ(笑)などと呼ばれているが・・・言うならば俺は、「スイーツ男子(超笑)なのだ。
 ただ、頭を回転させるには栄養が不可欠であり、その風味で心をリフレッシュさせつつ糖分も補給できる「甘い食べ物」は、俺にとって理に適った物であると言える。やる気の無い時間帯でも、ごくごくとコーラを飲めば気合が入る。ひょっとしたら、「甘い食べ物」にはちょっとした興奮作用が有るのかもしれないな(´ー`)
 なんか、どう考えても生活習慣病フラグが立っている気がするが、とりあえず俺のスイーツ(高笑)な生活は財布には非常に優しいと言える。例えば「お酒」なら、一晩で最低でも3缶・300円程度は掛かってしまうが、コーラならば1.5リットルで買っても157円。それで1日はキープできるのだから、何とも金の掛からない趣味ではないか。倹約生活を心がける「スイーツ男子(圧笑)! これで女性にも大人気・・・なわけがない(´・ω・`)

 ちなみに、その逆の「辛い物」であるが・・・最近の辛い食べ物はリミッターがぶっ壊れてきたようで、気軽な気持ちで購入するとまともに食べられないくらいに辛かったりする。例えば、最初期の「暴君ハバネロ」は中々にキツいものがあったが、最近ではそれを軽く超えるような辛さのお菓子が、コンビニなどで平然と販売されているのだ。そして買ってしまったが最後、(;^o^)「食べ物を無駄にしてはいけない・・・」と謎の使命感に駆られ、歯磨きをしながら食べることになってしまうのである('A`)
 となると、「甘い物」に関しても当然「ガタの外れた甘さを持つ食べ物」というパターンがあるはずであり、実際に「生クリーム&チョコ&砂糖漬けしたフルーツ」などという殺人パンも存在するのだが・・・それに関しては、量を守って食べれば問題無い。何と言うか、"辛さ"には「難易度」的な要素が存在するため、どうしても見栄を張って非人道的なヤツを買ってしまうが、"甘さ"に関してはそれが無い。だから、自分の好みに合わせて、自由に食べることができるのだ。
 ・・・まったく。辛い現実の辛い物より、甘い甘い物が好き。それが、甘すぎて吐き気がしそうな「スイーツ男子」なんだよ(´・ω・`)

 此岸(しがん )」「彼岸(ひがん )とは仏教用語で、それぞれ「この世」「あの世」を指す。それは基本的には「現実世界」「死者の世界」を示す言葉として使われることが多いが、元々そこには"生と死の境界"といった意味合いは存在せず、彼岸とは「煩悩から脱した悟りの世界」のことである。それが転じて、日本では専ら死後の世界を指すようになったのは・・・恐らく、「成仏」が「天国に行く」という意味で捉えられているのと同じような理由から来ているのであろう。
 俗世間の悩みや迷いを打ち払い、悟りの境地で真実の救済を受ける・・・というのはよくある宗教思想であるが、とりわけ日本において言えば、「死して仏と化す」という仏教思想と土着の精霊信仰が融合し、「死ねば誰でも神になる」という奇妙な宗教観を持つに至っている。我々は自身を無宗教だと捉えているが、それは間違いだ。心の中にだけ存在する「彼岸」が、我々を支えてくれる。人間は、死んでも「無」になるわけでは無いのだ。
 ・・・それは論理的に考えれば、確かに「かりそめの救済」かもしれない。しかしながら、世界中で実に50億もの人が、そうやった「宗教」に救いを求めている。だから、我々も信じようではないか。世俗の欲求を絶ち切り、全てを悟った後に初めて見えてくる、真実の世界を。――要は、「信じる者は救われる」のである。

 ところで、最初にも書いた通りであるが、此岸は「この世」、彼岸は「あの世」を指す。それを額面通りに捉えると、つまるところ「死ななければ悟りの境地には達することができない」という意味になる。それは果たして、本当に正しいのであろうか?
 ・・・俺は、そうは思っていない。世知辛い"此岸の国"に生きていても、"彼岸"を垣間見ることは可能であろう。萌え萌えの女子○郷生を見て( ^o^)「こ→い→しちゃった→→んだ→→→たぶんきづいてないでしょ→う→→」と思った時や、テレビでサボテンと風船が抱き合っているCMを見て(;^o^)「どういうことなの・・・」と思っている時などは、辛い事も悲しい事も忘れて、起きた出来事を楽しむことができる。つまり、苦しみや悲しみの無い世界としての「彼岸」は、我々の心の中に存在するのである。
 ――大体。(^^p)「死んだらきっと幸せになれる!」なんて思想は、俺はゴメンだ。それは救いを求めているんじゃなくて、単に現実世界から逃げているだけ。もし本当に、死ぬだけで幸せになれるのであったら、この国にはすぐに自殺者の山が築かれるはず。そんなことで人生を終えてたまるか。○貞のまま死ねるかよッ(´;ω;`)

 我々は普段、苦しみの多い「此岸の国」に生きているため、常に理想郷としての「彼岸」に憧れてしまう。もちろん、それを否定する考えもあるだろうが・・・しかし俺は、別次元の世界へと救いを求めるのは、仕方の無いことだと思う。だって、「此岸」は苦しすぎるではないか。社会における人間関係も、人間を取り巻く世界の環境も、そこに一切の救いは存在しない。どれもこれも、やがて滅んで消えてしまうだけ。単に、宇宙のエントロピーを若干だけ増大させているに過ぎないのだ。
 ・・・だからこそ、人は死後の世界に意義を求めるのかもしれない。何故なら「死んだら何の意味も無くなってしまう」と考えることは、強いては「生きることにも意味は無い」という思考に繋がってしまう。だが、死んでからも自身が何らかの形で存在すると思えば、歴史の一部分にしか参加できない生命にも、意味が有るように思えて来るではないか。時として死者が我々へと勇気を与えてくれるように、我々自身も「死者」となって、誰かに勇気を与えることができるのである。
 ただ、当然ながら「他人の心へと影響を与える」ためには、死ぬだけではNGである。生きている時に他人の信頼を得ておいて初めて、死者となった後にも影響力を行使することができるのだ。俺には、永遠に到達できない境地である。俺がある日突然死んだとしても、1週間も経てば、みんなコロっと忘れてしまうだろうよ(´・ω・`)

 「彼岸」――"あの世"は、意外と近くに有った。それは、我々の心の中に存在したのだ。生きている間は決してその境地に達することはできないが、かといって離れることもできない。そしていつも一番近くで、我々を支えてくれている。そこに存在するイメージは多数だ。「死者」は言うまでも無いが、「昔の友人」「恋人」など生者の場合も有ろう。はたまた「文学」「音楽」などといった空想の産物かもしれない。その実像が何にせよ、そういった"心の中のイメージ"こそ「彼岸」として、我々を現実世界の苦しみから解放してくれるのである。信じる心が、我々を救う。・・・ここまで行き当たりばったりで書いてきたのに、割とキレイにまとまってビックリしてるんだが('A`)
 ――さあ、そうと決まったら。我々は美しい「彼岸」を得るために、この「此岸の国」で努力を重ねようではないか。その最終的な結論は、やはり「死」しか無いのかもしれない。だけれども、それまでは頑張り続けたい。人並みに精一杯生きて初めて、人並みに"精一杯死ねる"のである。
 そして、そんな努力によって生まれた美しい「死者の国」には、萌えるように赤い「彼岸花」が咲くことだろう・・・。



   ∩_∩
  / \ /\
 |  (゚)=(゚) |    人人人人人人人人人人人人
 |  ●_●  |   < ソプラノ○年には やっぱり >
/        ヽ  < 彼岸花がよく似合うな    >
| 〃 ------ ヾ |   YYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__二__ノ



  ∩  ∩
  | | | |
  | |__| |     人人人人人人人人人人人人人人人人
 / 一 ー\  < ありがとうございます先パイ      >
/  (^) (^)  | < でも それってどういう意味ですか? >
| //  ○ // |  YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__  ─  __ノ



   ∩_∩
  / \ /\
 |  (^)=(^) |    人人人人人人人人人人
 |  ●_●  |   < 氏ねってことだよ    >
/ //   ///ヽ  < 言わせんな恥ずかしい>
| 〃 ------ ヾ |   YYYYYYYYYYYYYYY
\__二__ノ








   ∩_∩
  /--‐'\\
 | ,_;:;:;ノ=(゚)。|
 |,;;:ノ●_● ゚|
/        ヽ
| 〃 ------ ヾ |
\__二__ノ



 

 すみません、今日はFF13プレイ日誌の更新日なんです(´・ω・`)


 

 金曜にテストがあるんで、それまで更新をお休みします! と言っても、今日と明日(木曜)だけですが・・・。
 あ、FF13の次なる標的「ネオチュー」ですが、M45・タイタンの試練のほうは倒せました。そしてM55のピコチュー5体を連れているバージョンですが、こっちもエリクサー1個で何とかなりそうな感じです。開幕で○○○○○の○○○○○○○を使い、ピコチューを一気に全滅させるのがポイント。
 ・・・こういう日は、コメント欄は必要ないよね(´・ω・`)


 
去年なんで持ち込みプリント作らなかったんだろ
つる先生の次回作にご期待ください!

 ふぅ(´ー`)


 
 
当時は、これがプレイ日誌の完成系と思ったものだったが・・・

 「FF9:低レベル+入店禁止クリアーIII」 第7話「星の支配者」より/2004年連載)

 このサイトの昔の"やり込みプレイ日誌"は、戦闘シーンの大抵が「○○の攻撃、☆☆☆☆ダメージ!××の攻撃、□□□□ダメージ!」という感じで書かれていた。というのも当時は、プレイ動画を見ているような感覚で楽しめることが「やり込みプレイ日誌」の魅力だと思っていたからだ。
 ・・・がしかし、それから時が経った現在では、「事前準備」「戦闘の進め方」といった戦術面の解説に文章の大半が占められるようになり、かつて重要視していた「実戦時の経過」は、バトルの流れを具体的な数字で説明する意味合いが強くなり、戦闘経過を全て書くどころか、酷い時には( ^o^)「作戦通りに進めて勝ちました。完!」などで済ませてしまうことさえある。・・・とまあこのように、やり込みプレイ日誌の文体が年々変わってきたのは、一体どうしてなのだろうか?
 ――もちろんその理由の一つには、FF12・FF13のような「ターン制ではないバトル」が増え、従来のように「※※の攻撃!刧凾フ攻撃!」と書くのが難しくなったからということもある。しかしながら最も大きいのは、「RPGのやり込みプレイには論理が重要だから」である。というのも、精密操作や反射神経が必要となるアクション・シューティング・音ゲーなどとは違い、「RPG」というゲームは頭で作戦を練る行為が要求される。簡単に言えば、アクションやシューティングは野球・サッカーなどの「スポーツ」で、一方のRPGは将棋・囲碁と言った「テーブルゲーム」に近いものがあるのだ。
 そういうわけで、シューティングのプレイを「完全固定弾。この隙間に入れば避けられます。終わり」と締めても全く意味が無いのと同じく、RPGのプレイ日誌を「何か分からんけど、戦ったら勝てました^^」ではまるで面白みが無い。そこに用いられている論理が分かって初めて、頭を使ったRPG攻略と言えるのである。

 やれ、世間では「ゲームなんて」と馬鹿にされることもあるが、俺に言わせてみれば、ゲームは論理的な思考が必要とされる立派な趣味である。
 ・・・だったら、そのプレイ日誌も「論理的」でないといけないのは、至極当然の話。「Aという敵はB,C,Dという技を持っていて、Dが来ると全滅するため、Eという手段を使って倒す。そのために必要なものはFとGであり、実戦ではHとIも使って更に勝率を高めていった」とまあ、こんな感じのしっかりとした書き方が必要なのである。
 ――しかし。そうやって俺が頭から全部書こうとすると、死ぬほど長くなってしまうのは何とかならないのだろうか・・・。実際のプレイよりも日誌を書いている時間のほうが長いなんてことはザラであり、酷い時には1話の執筆に10時間以上を費やしたりする。本日更新分のネオチュー戦も、結局は5時間くらい掛かってるし・・・。
 ということで、ゲームプレイと文章制作の両面で凄まじいまでの苦行となる「やり込みプレイ日誌」。更新が遅れても許してね(´・ω・`)

 一時期・・・いや今も、萌えアニメ(?)の世界には「ひらがな4文字」という暗黙のルールが存在する。なんだかよく分からないのだが、とりあえず「らき☆すた」「けいおん!」の流れはガチであろう。その他にも「もえたん」「ぱにぽに」「かんなぎ」などなど・・・メジャーどころから名前しか知らないような作品まで、様々な「ひらがな4文字」のアニメが存在している。もっとも俺は、アニメは遊戯王しか知らないのだが・・・(´・ω・`)
 とはいえ、この流れを(;・∀・)「最近のアニメの題名は安直だなあ。俺たちの時代はqwせdrftgyィ゛ゃゾ┛A」などと非難するのは、それこそ安直な話である。昔から「がきデカ」「ドカベン」など、短い題名のアニメは存在していた。また最近でも、「涼宮ハルヒの憂鬱」などというこちら葛飾区亀有公園前派出所みたいなタイトルも存在するため、とりあえず「アニメの題名」については、何も心配する必要は無いであろう。
 やれ、世間を見渡してみると、オタ大人向けのマニアックなアニメが増えたと思うかもしれないが・・・それは恐らく我々が大人オタになっただけで、子供たちは今も昔も人気漫画やキャラクターもののアニメを見ている。アニメはゲームよりも一足先に、「大人も楽しめる」という領域を開拓しているのである(´ー`)

 アニメに限らずとも、「4文字」というものは略称・愛称として発音しやすいため、社会の様々な場面で用いられている。例えば、説明不要の「エフエフ」「モンハン」、あの憎き「いろはす」、その他にも「トーダイ」「きしめん」等々・・・まったく、例を挙げるのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。
 ――そうやって「4文字」が好まれるのには様々な理由が存在するが、簡単に言うと2文字+2文字でリズムが取りやすいからである。逆に、例えば「ゲパルト」「ヴィーゼル」「グライフ」などと横文字を並べられても、日本人にとっては(;^o^)「?」の一言であろう。そう、言葉をどこで区切ればいいか分からないからである。
 この「区切り」というのは言葉にとって極めて重要な事のようであり、例えば「ニュルブルクリンク」などと言われると殺意が沸いてきてしまうが、「パンツァーファウスト」「フォッケウルフ」「バルトアンデルス」「シュヴァルツヴァルト」などは区切りが明白なため、我々にとっても非常に覚えやすく、そして発音しやすい。どうやら言葉は、「リズム」「組み合わせ」が大切なようである。まあ、「やり込み in FF」とかネーミングセンスが皆無なサイトを運営している人間が言える立場じゃないが・・・。

 そんなわけで、「リズムと組み合わせの良さ」の両者を併せ持つ、恐らく最小の単位であろう「4文字」。だからこそ、それは深層意識のレベルで我々に愛され、知らず知らずのうちに日常生活で用いられているのである。そしてそれは、これからもずっと「日本人の文化」として続いていくのであろう。
 しかし、「ひらがな4文字」の場合は、である。それが登場した当時としては、人目を一身に引きつけるキャッチーなフレーズだったのかもしれないが・・・今となってはあちこちで使われすぎて、完全に陳腐化してしまった。例えば、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」というタイトルは、それが唯一無二であるからこそ目立っているのであり、もし類似品として「こちら豊島区巣鴨自宅内警備員」とか「こちら光速区重力自在操女騎士」とか「こちら糞味噌区公園便所内発展場」などというものが現れてしまっては、その独自性は全く無くなってしまう。そして「ひらがな4文字」は、今ちょうどそういう状況にあると言えるのだ。
 ――だが決して、「ひらがな4文字」を陳腐などと言ってはいけない。今、「ひらがな4文字ブーム」の開祖と言える"あいつら"が、静かに立ち上がるのである・・・!



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 / 一 ー \  < 今さらそんな名前を使うとか信じられない    >
/  (・) (・)  | < 制作者はホントにこれが面白いと思ってるの? >
|    ○   | < 馬鹿なことやってないで普通の名前を付けろよ >
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  / \ /\ <は!?>
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 |  (^)=(^) |   <さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!>
 |  ●_●  |   <さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!>
/ //   ///ヽ  <さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!>
| 〃 ------ ヾ | <さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!さいたま!>
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        しwノ



 

 このサイトの日記をよく見ていただくと、大体の回において、その「本文」は3段落で構成されていることに気付くはずだ。これにはちゃんとした理由があって、「3」というリズムは、何かについて論じるときに、極めて使いやすいからである。
 ――例えば、「1+1=2である」ということを題材にして、何かを論じる文章を俺が書くとしよう。するとそれは、次のような構成になるのである。

第1段落:「1+1=2」である。
第2段落:「1+1=2」が成り立つと、どういう利点があるのだろうか。
第3段落:上記のような理由があって、「1+1=2」なのである。

 ・・・と、大体こんな感じ。起承転結で言えば、「起」「承」「結」という感じだろうか。
 ここで、皆さんが学校で習った「論文」の書き方というものを思い出してほしい。そこでは必ず「反対意見」を考慮に入れるように指示されたはずだ。例えば「1+1=2」の話で言えば、「『1+1=3』だとしたら何が起こるのか?」などという考察を入れて、それを否定を通し、「1+1=2」の正当性を上げなければならないのである。
 しかしながらこのサイトでは基本的に、管理人から一意的な文章が提供できればそれで良いため、反対意見に備える必要は無い。むしろ、そういうものを入れると冗長になって何が何だか分からなくなってしまうため、あえて省略し、一本道でサクサクと読み進められる文章を書いているということなのだ。

 ちなみに、段落内における「文」(頭にスペースが入っているヤツ)の数も、大体「3」に収まっていることが多い。こちらの「起」「承」「転」「結」の組み合わせは様々であるが、文の数が増えると段落内で意見が二転三転してしまい、何を言っているか分からなくなってしまうため、意図的に文の数は少なくしようとしているのである。
 こういうテキストサイトで一番イライラするのは、「文章を読みながら、その意味がサッパリ分からない」ということ。人は、自分の使った時間が無駄であったとき、苛立ちを感じる。それは文章で言えば、ストレートに意味が理解できないことに相当するのだ。
 ――まったく俺には、詩人のように「何度も読める、深みのある文章」を書くなんてことは、1000000万年は早い。だから、芸術性が無いと言われても、言葉が陳腐だと言われても、知性の無さがまる見えだと言われても。とにかく、愚直に書き続けるしか無いのである。

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 世の中には「そのような意味で申し上げたのではない」というフレーズが存在する。元々、「言葉」というのは複数の意味を内在する物であり、その解釈を厳格に定義するのは非常に難しい。例えば冒頭の例であれば、ウサ子ちゃんは「結婚(いつか素敵な男性と)したいなー」という意味で言葉を発したのであるが、対するカバオ君はそれを"自分と結婚したい"という意味に解釈してしまい、「俺と結婚してくれ!」などという妄言を吐くに至ったのである。
 まったく。いつも言葉に踊らされる俺としては、そういう"勘違いをさせる発言"は罪作りであり、発言した人間には責任が有ると思う。だが、向こうからしてみれば、勝手に都合良く解釈したのはこちらの側。そして、そうやって互いの言い分が有って正義が決められない場合、世間では、勝者となったほうの意見を採用する。・・・つまり、俺のような"勘違いさせられる側"の言葉は、決して認められることは無いのである。
 ――ちなみに、題名の「そのような意味で申し上げたのではない」という一節であるが、これは鳩山元首相の言葉に由来しているそうだ。直接的に前述の発言を行ったことは無いようだが、本来なら責任が有るべき自分の発言を「〜とは言っていない」「〜という意味では無い」などと次々に撤回する様から、「そのような意味で・・・」というフレーズが、まるで元首相のお家芸のように言われるようになったそうだ。まあ俺は・・・鳩山さんは完尚都(←何故か変換できない)よりは良かったと思うけどね(´・ω・`)

 言葉というものは、基本的には「自分の意志を正確に伝えるための手段」である。そのため、冒頭に挙げたような「勘違いさせる言葉」を可能な限り避けていくべきことは、"公共の正義"として間違いの無いことだと思われる。・・・しかし。そのような"正義"は、本当に正しいと言えるのであろうか?
 ――こういう書き方をした場合、読者の皆さんは分かって頂けるであろう。もちろん、回答は「NO」だ。弱者が(;^o^)「勘違いさせる発言なんてしないでよね////意識しちゃうじゃない////」などと言ってみたところで、説得力は閑古鳥(かんこどり )の合唱団。そこに○○毛ほどの説得力は存在しないのである。
 ま、何にせよ、言葉にはそうやって「不明瞭な領域」があるからこそ、楽しめるということもある。ガチガチの記号のような言語であったら、本当にコンピューターのような人間しか生まれなくなってしまうだろう。「誤解」など、その過程で発生する誤差レベルの副産物に過ぎないのだ。

 だが、ここまでの非難がましい理論は、全て俺が勘違いをさせられる側の「弱者」であるということに基づいている。
 ならば、至極当然の話として、俺が「強者」のポジションに立てば、全て問題は解決する。つまり、「勘違いさせる側」になれば良いということである。そんなことは無理だと言うかも知れないが、"誰か"がその立場に居るのだ。人間ができることは、俺にもできるのである。
 ――さあ、早速始めよう。「勝つ」ためには、思い立ったその日からスタートせねばならぬ。そう、俺が他の人に対して、「勘違い」を導いてやるのである・・・!




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 //   ///ヽ  あー 結婚したいなー >
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 / 一 ー\  < ごめんなさい こういう時         >
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 |  ●_●  |   ありがとう!          >
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 //   ///ヽ  でもそれってどういう意味? >
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 / 一 ー\   < 氏ねってことです             >
/  (^) (^)  |  < 言わせないでください恥ずかしいです >
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何故こんな写真を撮った・・・


 雨が降ると、メガネが濡れる。とりわけ俺は自転車ユーザーなので、少しの雨なら傘を差さずに突撃することも多く、雨の被害を受けやすくなっている。
 ん・・・まてよ。「メガネ=彼女」だろ? となると、「メガネが濡れる」「彼女が濡れる」? つまり俺は、学校に着き次第、公衆の面前でびしょぬれな彼女をフキフキしていると。これはオイシイ!ふふふふへふぇへあふhjふぇうふいおあふぁふぉpkjふぁ(^q)^
 ――と、そんなどうでもいい妄想はどうでもいいとして、非メガネっ娘orメガネ男子の皆さんは、「メガネが濡れていると前が見えないのではないか?」と思うかもしれない。しかし、メガネに水滴が付いていても、実は前が見えなくなるようなことは無かったりする。せいぜい、少し風景がボヤけてしまうくらいが関の山。まあ、どうせ俺は目が悪いから、メガネを外してもボヤボヤになってしまうなあ・ω・`)

 そういうわけで、メガネを付けている側にとっては「メガネが濡れること」はどうでも良いのだが・・・逆に、メガネが濡れている人を外から見ると、非常に見栄えが悪く感じてしまうのである。というのも、人間の目は「見る対象物から距離が近いほどピントが合う性質」を持っており、例えば、メガネ男子が「濡れたメガネ」を通して遠くを見る場合は、水滴にはピントが合わないため、それを気にする必要は無い。だが、外から「濡れたメガネを掛けたメガネっ娘」を見た場合、濡れたメガネは顔に近いため、水滴にピントが合ってしまい、結果としてすごくフキフキしてやりたい感じになってしまうのである。
 ――ということで、俺一人ならばメガネが濡れても問題無いのだが、社会から向けられる目を考えると、濡れたメガネはNGなのである。やっぱメガネケースとメガネ拭きは必須アイテムだわ。いや、ティッシュでフキフキするのも、無駄な妄想が広がって楽しいものがあるけどね(;´ー`)

 1ヶ月に渡るワールドカップが閉幕した。決勝戦のカードは「オランダ - スペイン」。世界ランキング4位・2位と、どちらも実力は十分。予選リーグで日本とも戦い、準々決勝で壮絶なプロレス試合の末にブラジルを破った「オランダ」か、それとも決勝トーナメントを全て1-0と堅実に勝ち進めてきた「スペイン」か。日本での放映時間は深夜3時半からと過酷であったが、俺も気合を入れて視聴することにしたのである。まあ、次の日に学校へと来てみたら1〜3限が全部休講だったんだけどな(;´・ω・`)
 そして、決勝戦も予想通りの壮絶なプロレス試合となったのだが、最後に競り勝ったのはスペイン。0-0での延長後半11分に豪快なシュートが決まり、見事にワールドカップの初優勝を飾った。ゴール数こそ1回のみであったが、高い技術でのパス回しやボールの奪い合い、スペインGKの幾度に渡るスーパーセーブと、見所は十分。まさに、名実ともに「世界最高峰の試合」だったと言えよう。
 ――ちなみに、俺が応援していたのはオランダ。予選リーグで日本と戦った宿敵(とも )だからということもあるし、ゲームの鍵となるMFがハゲ山の人だかりとあって、(;^o^)「今ボールを持っているのはどのハゲだ!?」などという楽しみ方もできた。ロッベン、スナイデル、スナイダー・・・と思ってたけど、後者の2つは表記の仕方が違うだけ("Sneijder")で、実は同一人物だったようだ。道理で、ハゲが3人同時に出てこないはずだよ('A`)

 そういうわけで、普段はサッカーの試合をまるで見ないのだが、ワールドカップ中はサッカーの虜になってしまった俺。これは恐らく、「日本代表が大奮闘したこと」と、「世界レベルのサッカーが面白かったこと」の両方が挙げられるであろう。やっぱ、国
vs国の争いってのが一番燃えるんだよ(´ー`)
 ところが世間では、俺のような一時的なファンは「にわか」などと言われ、嫌われてしまうことが多い。確かに、昔からサッカーを愛好してきた人たちにとってしてみれば、こういった大イベントの雰囲気に踊らされて、知識も無いくせにデカい口を叩く新参者は、およそ許せたものではないだろう。
 ・・・がしかし。そういうものは、あくまでバランスの問題である。例えば俺からしてみても、新作FFが発売された時だけFFファンを気取り、腕も無いくせに(;・∀・)DEF+ATK+HLRで戦ってたらバトルに20分も掛かる。こりゃクソゲーだわ」などと口だけは達者な人間が居たとしたら、猛省を要求したいと思う。しかしながら、新しい人が入ってくるということは、強いては将来のファンが増えることにも繋がる。だからこそ"古参"は、新人に優しくしなければいけないのだ。俺のようなオッサンはこれ以上成長できないけど、若い人たちには、これからどれだけでも青天井が広がってるからね(´・ω・`)

 さて。
 サッカーは"紳士的なスポーツ"であるが、ある程度は強引なプレーも必要とされる。相手選手に気を遣って道を譲る・・・なんてことをしていたら、永遠にボールは奪えない。凌ぎを削ってボールを追いかけ、体をぶつけて所有権を争う。そういう「争い」があるからこそ、サッカーは見応えのあるスポーツとなっているのだ。
 ・・・しかし。もし、そんな「争い」が無制限に許されるのであれば、それは乱闘であってサッカーでは無くなってしまう。そのため「スポーツ」としての体裁を保つことを目的として、審判団が存在し、サッカーの概念を崩しかねない危険なプレーに対して、注意・警告が与えられるようになっているのである。
 だが、それでも結局は「ボールを奪うためのプレー」となると、反則ギリギリで凌ぎを削る形になってしまうため、両選手がボールを奪い合う局面のたびに審判が笛かざるを得ないエンカウント式バトルのスポーツになってしまうことも存在するのだ。例えば下の画像は、先日の決勝「オランダ - スペイン」戦での1シーンである・・・。



どこから突っ込めば良いのやら・・・




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  / / |   ( 〈 ∵. ・   人人人  r⌒>  _/ /
 | !  ヽ  ー=- ̄ ̄=_<    > | y'⌒  ⌒i
 | |   `iー__=―_;,<    > |  /  ノ |
  !、リ  -=_二__ ̄_=;,  YYYY  , ー'  /エヾ_ノ
      /  /            / ,  ノ
     /  /           / / /
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   ヽ、_ヽ          |  |   \ ̄ ̄|
  ノノノ              ヽ |      ̄ U
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                      ヽヽヽヽヽヽ

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 「早起きは三文(さんもん)の得」という言葉が有るが、この「三文」とは"大して価値の無いもの"という意味らしい。「二束三文」「三文芝居」など、他の熟語で使われている「三文」の意味を考えて頂ければ、容易に理解できるであろう。よくGちゃんBARちゃんが"早起きをすると良いことがある"という意味で「早起きは三文の得」と言っているが、それは「早起きをしても、それほど意味は無いね」という自爆ギャグだったのである。
 ・・・ちなみに、実際に江戸時代において「一文」がどれだけの価値に相当したのかというと、大工さんの日当が500文、そばが16文などというところから、大体1文が現在の20〜30円と推測することが妥当のようである。すると「三文」は60〜90円。寝ていたほうがマシだったな!(AAry

 やれ、俺のような大学生が最も損だと感じるのが、「朝早く起きたのに1限が休講だった」ということである。早起きすることによって、萌え萌えの女子○郷生に会うことができ(*^ワ^)「先パイは今日もキモいですね!氏ね「氏ね」は褒め言葉だろう・・・JK・・・などと言ってもらえるのならまだしも、現実的には男子本○生と(;^o^)「ヘヘェwwwwフヒヒwwwwオホッwwww」などと冷笑を飛ばし合うのみ。まったく、「三文」どころか、これでは「早起きは誰得」と言わざるを得ないのである('A`)
 ・・・工学部の1限は8時30分から始まるため、もし俺が普段通り午前3時まで日記を書いてから1限へと出席する場合には、睡眠時間を3〜4時間程度にまで切り詰めなければならない。もちろん"昼寝"を兼用して睡眠時間を補給していくのだが・・・それでも、できれば6時間程度は寝たいところであり、3〜4時間というのは「ギリギリで持続不可能では無い」というレベル。そのため、1限に出席するというのは、かなりの覚悟が必要な行為となるのである。
 ――高校生の皆さんには分からないだろうなあ、大学生の皆さんには分かるだろうなあ(´・ω・`)



 

 去年の暮れに発売し、予想通り賛否両論となったシリーズ最新作「ファイナルファンタジー13」「グラフィック」「戦闘システム」「音楽」などの評価は高いが、その反面で「シナリオが意味不明」という声が非常に多く、また「序盤〜中盤に掛けての自由度が少なすぎる」と言われてしまうことも多い。
 そんな「評価の低い部分」について、俺の意見を述べるとすると・・・まず「シナリオ」は、概ね良かったように思う。前半は仲間同士の葛藤が描かれ、後半は一致団結して運命へと戦いを挑んでいくという構成は、まさに"FF"という感じだった。「奇跡(笑)などと言われるエンディングも、ちゃんと考察すれば筋が通っている。あえて問題点を挙げるのならば、セリフが芝居じみすぎていることくらいか。「心を踏みにじる偽りの奇跡・・・!」なんて日常会話で喋る14歳が居るかよ(´・ω・`)
 また、「自由度の少なさ」であるが、これに関しては確かに改善すべき点であったように思う。クリア後に前のダンジョンへと戻ってミッションモードが受注できる、などというだけでも大分違っただろうし、育成に関しても、せっかく主要3ロール以外も育てられるようになっているのに、必要なCPが多すぎて、クリア前どころかクリア後もほとんど活用できないザマとなっている。やり込み要素も「ミッションモード」だけでボリューム不足。FF12なら、隠し召喚獣や裏ダンジョンなどがあったのに('A`)
 ――何にせよ、やはり俺の感想は「FF13は良ゲー」というものである。重厚なシナリオと、歴代最高のスピード感を持つバトルシステム、そしてそれらを引き立てる演出・・・。まさに期待通り、PS3レベルの「FF」であったと思えるのだ。でなけりゃ、300時間も遊ぶわけ無いだろ(;^o^)

 さて。
 世間は気が早いようで、さっそく次回作の話をしている人々が存在する。そこには様々な期待と不安が渦巻いているようだが・・・特に大きい声が、「FF13はガッカリだったから、次回作では"普通のFF"を作ってくれ」などというもの。その手の人々によると、"普通のFF"とは、以下のような感じのものらしい。

剣と魔法の世界観
ムービー&シナリオ演出は少なめ
恋愛要素なし
従来のレベル式成長システム
街・武器などのやり込み要素
工夫しがいのある戦闘システム
バトルの難易度は高め
勝利のファンファーレ
飛空艇で世界を飛び回れる


 恐らく、スーファミ時代くらいまでのFFを念頭に置いた発言だと思うが・・・これってFF12じゃねえかよ。シナリオ演出の点とか、特に。特に。
 ――やっぱ、昔の作品ばっかりじゃなくて、ちゃんと最近のシリーズも遊んで欲しいよなあ・ω・`)

 皆さんは、「カノン」という音楽技法をご存じだろうか。日本語では「輪唱」または「輪奏」と呼ばれ、同じフレーズを開始位置をずらして重ねる奏法である。
 この「カノン」、ポップ系の音楽ではまず聞かないが、クラシックの世界ではメジャーな表現であり、題名にも挙げた「パッヘルベルのカノン」は有名である。また音楽の授業などで「かえるの歌」を(*^o^)「か・え・る・の♪ か・え・る・の♪」と1小節ずらして歌ってみて、不思議の世界へと我々を導いてくれることもある。。
 ・・・と、毎度お馴染み、こういう話を書く前には、ちゃんとWikipediaの「カノン」項で予習するわけだが・・・そこにはカノン曲の例として、懐かしの「俺の尻をなめろ」が載っていたりした【2009/7/2】。やっぱみんな、こういう下ネタが大好きなのね(;´ー`)

 この手の「カノン」が、古くはクラシック作曲で使われ、そして今でも数多くの楽曲で愛されているのは、一体何故なのだろうか?
 それはやはり、「印象的なフレーズを何度も使えるから」であろう。単純に何度も同じ旋律を繰り返すだけだと、ともすれば(;・∀・)「同じメロディーばっかりで飽きる・・・」となってしまいがちである。しかし「カノン」の技術を使って同じフレーズを重ねれば、合っているとも合っていないとも言い難い、不思議な世界を作り上げることができる。それは、一つの主旋律を目立たせつつ、音楽が単調になるのを防ぐという、まさに一石二鳥の作曲技法なのである。
 ――そう言えば、最初にカノンを「ポップ系の音楽ではまず聞かない」と書いたが、"ハモリ"などと言って2拍あとで似たようなフレーズを主旋へと絡めるのも、一種の「カノン的な奏法」なのかもしれない。現代のポップスの世界でも、ちゃんとクラシックな技術は引き継がれているのだ。・・・多分(´・ω・`)

 さて。
 そんなわけで、音楽界ではメジャーな「カノン」の技法。演奏する側としては、楽譜をパッと見るとカオスに感じてしまうが、それが「カノン」だと分かれば、自分のパートがメインフレーズを奏でることだけに集中すれば良い。よって、カノン曲を演奏する際には、まずそれを「カノン」と認識することが重要になるのだ。
 ――先日、某所で俺は「カノン曲」に触れる機会があった。そういうわけで、まず皆にそれが「カノン」であるということを説明したのである・・・。



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 |  ●_●  |   < この曲は「カノン」ですね >
/        ヽ  < 分かりますか?      >
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\__二__ノ



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 / 一 ー\    人人人人
/  (^) (^)  | < はーい >
| //  ○ // |  YYYYYYY
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 |  ●_●  |   < つまるところ  >
/ //   ///ヽ  「うぐぅ」ですね >
| 〃 ------ ヾ |   YYYYYYYYYYY
\__二__ノ



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 / 一 ー\    人人人
/  (・) (・)  | < は? >
|    ○     |   YYYY
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 |  (゚)=(゚) |
 |  ●_●  |
/        ヽ
| 〃 ------ ヾ |
\__二__ノ






今の子供たちは「うぐぅ」も知らねぇのかッ!



・・・俺も知らないけどッッ!!




 
 

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 |  (゚)=(゚) |    人人人人人人人人人人人人
 |  ●_●  |   < 次の英文を訳してください  >
/        ヽ  「My CLANNAD is over」
| 〃 ------ ヾ |   YYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__二__ノ




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  | |__| |      人人人人人人人人人人人人人人人
 / 一 ー\   < 先パイ先パーイ            >
/  (^) (^)  |  「CLANNAD」って何なんですか? >
| //  ○ // |   YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__  ─  __ノ




   ∩_∩
  / \ /\
 |  (^)=(^) |    
 |  ●_●  |     人人人人人人人
/ //   ///ヽ  < 人生・・・かな? >
| 〃 ------ ヾ |   YYYYYYYYYYY
\__二__ノ



 管理人テスト前につき、更新が不安定になります。        (^o^ )
   ご迷惑をおかけします。その間、尻でも見てお楽しみください。 (⊃⌒*⌒⊂)
                                          /__ノωヽ__)



 

 昨日の試験:大勝利!
 今日の試験:微妙・・・
 明日の試験:\(^o^)/


 
 

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  / \ /\    人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
 |  (^)=(^) |   < 問:自身の恋愛観について自由に論じなさい  >
 |  ●_●  |   < ただし、以下の用語を用いること        >
/ //   ///ヽ  「つるさん」「イケメン」「大好き」「結婚して」 >
| 〃 ------ ヾ |   YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
\__二__ノ  




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 / 一 ー\   つるさんは全然イケメンじゃないです      
/  (^) (^)  | < 二次元が大好きなら、勝手に結婚してください >
| //  ○ // |   YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY
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 FF13のクリスタリウムなしクリアープレイ日誌「おまけ5」の完結をもってして、遂に連載終了という形になりました。
 ――どうでしょうか。楽しんで頂けたでしょうか。個人的には、まさかここまで「ファイナルファンタジー13」というゲームを"好き"になるとは思っていませんでした。
 あのプレイ日誌が、皆さんがFF13を"好き"になることに役立ったとしたならば、筆者として幸いでございます\(^o^)/



 

 ( ^o^)「テスト終了!!!!!!!!!!!!!!!!!^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^お^」

 いやあ。去年の夏学期は、実験を除けば単位が何と1.5(=1授業)しか取れなかったとあって、今回の試験期間も非常に不安だったのだが・・・実際には、普通にテスト勉強をしてから挑めば、それほど理不尽な科目は無かったように思えた。というか2009年度とは何だったのか・・・('A`)
 受けた試験は、合計で9つ。レポート科目・その他の授業で7単位は貰えるため、目標としていた15単位を達成するためには、6つの試験に合格していなければならない。終わった後からすると、( ^o^)「正直、微妙なところだなあ・・・」と思ってしまうが、まあ俺の力ならそんなもんだろう。むしろ、よくサボらずに直前の勉強を行えたとさえ思う。いつもならゲーセンに逝ったりサークルに逝ったり日記の更新をしたりで、そもそも試験が始まる前から終わっていたからなあ(´・ω・`)
 ――何にせよ最後は、いつも通り「神頼み」ならぬ「教授のお情け頼み」ということになるだろう。お願いします、どうか俺を大人にしてください\(^o^)/

 というわけで、これからは9月30日までの長い長い夏休みが始まる。8月はサークルの合宿に行ったり、三重県の実家に帰って妹と遊戯王カードやFF12&FF13で遊んだりと、イベントがてんこ盛り。辛い事もあるだろうけど、一人じゃない時間が多いから、俺なら楽しくやっていけるだろう。
 ・・・そして、「9月」。この言葉を口に出すだけで、どこか胸が苦しくなるような思いがする。なあに、それは「とうの昔に終わりを告げた、悲しみの物語」【2009/4/17】。だけれども、1年経ってもその影に怯えているということは、悲しみを断ち切る「新たなシナリオ」は、未だに発見できていないということになるだろう。
 ――まあ、今さら何を言っても、俺自身が変わるわけではないし、回りが変化するでもない。だったら、地道にやっていこうじゃないか。"俺らしく"・・・な。

 「名は体を表わす」とは、よく言ったものだ。その意味は「名前というものには、その物の実体が表われている」ということである。
 その具体例を挙げるとすれば、真っ先に思い立つのは「人の名前」だろう。例えば、光宙(ぴかちゅう)姫帝(きてぃ)などと名付けられた人物からは、とてもじゃないが( ^o^)「姫帝さんの誠実な人柄に惹かれ・・・」などといった性格を想像することはできない。D○Nネームを付けるのは親なのだから、その子供の性格とは無関係・・・と言いたいところであるが、実際問題、子供の性格形成に親・兄弟の影響は色濃く表われるからなあ(´・ω・`)
 ――更に言うと、アニメや漫画といった創作物の世界では、この「名は体を表わす」の概念は特に顕著であると言える。例えば(みどり )と名前の付いたキャラクターは、髪の毛が緑色だとか、緑色の宝石に関連している場合がほとんどであるし、ライトなんとかと名付けられた人物は光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なるキャラクターである可能性が非常に高い。そうか、ライト兄弟は重力を自在に操る高貴なるアメリカ人だったから空を飛べたのかッ!

 ちなみに、「漢字が読みづらい」「発音しづらい」「パソコンで変換できない」などと散々な評判の「俺の名前」だが、それは何と本当の親に付けてもらった名前ではないのである。・・・と言っても、「実は王族の血を引いていた」とか「雲出川の上流から流れてきた」とか「親方、空から赤ん坊が!」とか、そういうドラマチックな話ではなく、どうやら俺の父親と母親が赤ん坊の俺を神社(「寺」? よく覚えてない)へと連れて行き、そこで名前を授けてもらったのだというのだ。
 親から聞いた話によると、どうやらそこで俺は神主さんから(´ー`)「この赤ちゃんは賢い子になりますね」と言われ、そこ「世界の歪みを正して(おさ )める」という意味を持つ"俺の名前"を授かったんだそうだ。まあ、他者から名前を貰うという行為には賛否があるかもしれないが、アメリカ流に言えば「神父さんに名前を付けてもらう」と言ったところであろう。親によってネーミングセンスの無い名前を付けられるのならば、神主さんに名付けてもらったほうがよっぽどマシというものだ。実際、親が自力で付けた"妹の名前"を見てみると、その推測は正しかったようである。妹ェ・・・(´・ω・`)
 ――ちなみに、そうやって神主さんから「賢い子になる」と言われた俺であるが、幼い頃には「幼稚園で100*100が計算できる」「小学校のテストで100点ばかりを取る」などと卓越した知性(?)を発揮し、母親から( ^o^)「お前は頭が良いから、進学校の津高に入って、東大に行けッ!」などと言われたものであった。それが大人になると、こんなキモデブ他クラヒキニート彼女居ない歴=年齢に変わり果てるとは・・・なによりも俺自身が驚きだよ('A`)

 そんなこんなで、とてもじゃないが「自身の名前」へと込められた思いに届かなかった俺。
 ・・・だが、そんなことは俺には何ら関係が無い。だって、悪く言ってしまうとすれば、名前など「親から寄せられた勝手な希望」に過ぎないではないか。だから、自由主義的な概念で考えるとすれば、そんなものは無視しても良い、むしろ裏切ってしまって当然とさえ言えるのである。
 ――「世界の歪みを正す」どころか、むしろ自分自身が"歪み"になってしまっている俺。やれ、「名は体を表わす」と言うが、少なくとも俺の場合は、それは当てはまらなかったようだ。だが、だからどうした。俺は自分の「正義」に従う。背負わされた運命よりも、自分の「意志」を信じて、"俺らしく"生きてやろうではないか(´;ω;`)


         _       l
 / ̄\./ ̄ ヽ な 優 お l        オギャー
 i o  ol!。 。 l る し 前 l    [分娩室]       元 産
 ゝ ワノゝ ワ .ノ だ い に l オギャー  |    ̄ ̄|.   気 ま
 i   彡!    ヽろ 子 似 l |     |      |   な れ
 l  つ }`・。⊂  iう に て l |     |  ! _ |   男 ま
ノ ̄ ̄ ヽ ̄ ̄l ̄      l. |     |   /  ヽ  の し
      ゝ--'.        l |     |  , o。   ', 子 た
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いえ、きっとあなたに似て  | |     |   /   ヽ よ 1
賢い子になるでしょうよ   l |     |  _/   l ヽ ! 5
           ハハハ...  l |     |  しl   i  i   0
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     /     `、  |  勝 一    _     全 リ
    /       ヽ .|   ち 人  /   ヽ.   滅 ア
   /  ●    ●l |  組 ぼ l @  @ l   し 充
   l  U  し  U l |  だ っ l   U   l   ろ な
   l u  ___ u l |  わ ち ヽ, ー  ノ.   よ ん
    >u、 _` --' _Uィ l   w こ / i    ヽ、  w  て
  /  0   ̄  uヽ |  w そ / /l    l !
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             ト '    └─────┘カタカタカタ…



 
 
なんだこのイラストは・・・あのへにょい感じが良かったのに

 なんでも、この夏に「妖精大戦争」なる東方シリーズのスピンオフ作品が出るらしい。主人公は「紅魔郷」などで登場したチルノであり、公開されている情報には「弾幕を凍らせて進むゲーム」とあるが・・・まあ恐らくは、「永夜抄」のスペルプラクティスモードのような、霊術を順番にクリアしていくゲームとなるのであろう。
 ――この1年で、めっきり「東方」シリーズのファンになってしまった俺であるが、そこで今回の「妖精大戦争」を楽しみにしているのかと言うと・・・実は、全く興味が湧いてこないのである。というのも、東方シリーズには「紅魔郷」「星蓮船」までの正統シューティング作品の他にも、「東方文花帖」「東方花映塚」と言った、いわゆる"外伝的な作品"が存在する。そして俺は、正統シリーズを終えてから、それらの外伝作もプレイしてみたのだが・・・要は、それが酷くつまらなかったのである('A`)
 そういうわけで、確かに「東方」と言えば「東方」だけれども、スピンオフ作品である「妖精大戦争」は、取り立ててプレイするに値しないと俺は思っているのだ。

 多くの人が勘違いしていると思うが、東方シリーズの面白みは「弾を避けること」ではない。むしろその意味で考えるとすれば、「東方」など難しいだけのクソゲーである。少しでもパターンが崩れると速攻で大量の弾に押し潰されるし、運に左右されるランダム系の弾幕では、大抵の場合で逃げ道が塞がれて死ぬ。魔人クラスのシューターならば、そういう物でも攻略できるかもしれないが、少なくとも俺は、ゲーム性が存在しないほど酷い難易度のゲームは、すぐに投げ出してしまうのである。
 では、「東方」の何が面白みを作り出しているのかと言うと・・・それは間違い無く「ボム」の存在である。以前にも書いたが、「ボム」とは敵の弾を消しながら攻撃できるアイテムのことであり、強力であるが使用回数に制限が掛かっている。そして「ボム」を使わないままミスをしてしまうと、持っていたボムの分は完全に損をしてしまう。そういうわけで、「ボム」を使用する場面を絞っていく必要があるのだが・・・それが、運要素を上手く「パターン化」の攻略へと昇華しているのである。
 ――具体的に言うと、例えば「回避確率が1/3」の弾幕が5つ連続で飛んできたとしよう。その場面をボム無しで突破できる確率は、当然ながら1/3*1/3*1/3*1/3*1/3 = 0.4%である。だが「ボム」を使って1つだけ弾幕をスキップして良い場合、確率は(2/3*1/3*1/3*1/3*1/3)*5 + (1/3)^5 = 4.5%。たった1個の「ボム」が存在するだけで、これほどまでに勝率を上げられるのである。その使用パターンを構築する段階も考えると、まさにゲーム性の根幹を成しているのが「ボム」の存在なのだ。

 そういうわけで。
 俺が遊びたいのは、ただひたすらに難解な弾幕を避けていくゲームではない。「ボム」があって、運・気合・パターン化の全ての要素が存在する、ちゃんとした「東方」シリーズをプレイしたいのである。何よりもやはり、遊んでいて飽きが来ない、楽しいゲームが一番なのだ。
 ――やれ。あれほど難しいと言っていた「東方星蓮船」であるが、今となっては(;^o^)「ラスボスに4機5ボムで突入できる予定が、6面での抱え落ち&UFO逃亡で2機3ボムになっちゃいました。テヘッ★」などという絶望的な状況から1機1ボム残しでクリアできるくらいの作品となってしまった。そんなグダグダでも突破できるのは、俺の愛したLUNATICじゃねぇんだよ・・・。"スピンオフ"じゃなくて、もっと難しい、そして全く新しい「東方」の正統続編を出してくれ〜(´・ω・`)

 ゲームの世界には「経験値」と呼ばれる数値が存在する。これは文字通り、キャラクターの"経験"を表わす指標値である。システムへの関与の仕方や、その表現形式は様々であるが、基本的には「多くの敵を倒して経験を積むことで、ゲーム内のキャラクターが強くなる」というシステムと言えば大差は無い。
 "ゲーム"というものには、大抵はルールや仕組みが存在し、それを学ぶことで、攻略を効率良く進めることができる。つまり、「ゲーム内のキャラクター」ではなく、「ゲームを遊んでいる人間自身」が経験を積んで"強くなる"ことができるのだが・・・それだけだと、プレイヤーの能力差に依るところが大きすぎる。そのため、ある程度ゲームが下手な人でも楽しめるように、ゲーム内のキャラクターも「経験値」を得て、能力が向上するようになっているのである。
 ・・・この手の「成長」の要素は酷く作業的であるが、時として我々が単純な「レベル上げ」を楽しいと感じることがあるように、「作業→解放」の流れはゲームの面白みを根本から作り上げる重要なポイントとなっている。だからこそ、今では様々なアクションゲームにも、経験値による「成長」の要素が取り入れられているのだ。

 そのように、ゲームの中では「経験値」という数字によって、経験を指標化することができる。しかしながら現実の世界では、自身が得た「経験」を具体的に表現することは非常に難しいと言える。例を挙げるとすれば、"楽器の演奏"ならば「○○の曲が弾けた」「××はできなかった」などという感じで、大体の練度を知ることができるかもしれない。また、多くの人と比較して「順位付け」を行うことで、自分の能力がどれくらいに位置するかを把握することも可能であろう。
 ――しかしながら、それは結局のところ「デンマークは倒せたけどパラグアイは倒せませんでした><」などという話に過ぎず、やはりゲームにおける「レベル」ほどの正確な数値ではない。「能力」というものは時と場合、人間で言えば運や感情の持ち方によって大きく変わってしまうため、正しく表現するのは不可能に近いのだ。
 やれ、ゲームにおける場合でも、同じ条件で似たような敵を倒すのに上手くいったりいかなかったりすることを考えると、1回しか試行が行えない現実の世界での「レベル」的な成績・資格などの表現が、どれほどいい加減な評価基準であるかということが、よく分かって頂けることであろう。

 しかしながら、だからと言って「経験」をないがしろにしていては、決して人は成長することができない。
 例えば、「学校での試験の成績」は、上で述べたように"指標"の一つにしか過ぎないし、「試験だけで頭の良さが全て評価できるわけではない」というのも、一つの真理である。だがしかし、そうやって試験を馬鹿にして"勉強"という名の「経験」を詰まずにいては、永久に成長することはできないのである。ならば、次の「レベル」に上がるまでの経験値が幾つだか分からないとしても、我々は「経験」を積み続けるしかないというものなのである(´・ω・`)
 ――ということで、今日は。俺の「経験」に纏わるエピソードを、一つご覧いただくことにしよう・・・。



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