【表現規制?】『デトロイト』のアンドロイド、海外版では放射能兵器を使っていた / やり込み in FF

管理人の日記
まぁカス「汚い爆弾だなあ」

←前の日の記事へ サイトのトップへ 次の日の記事へ→


2019年2月9日(土)
【表現規制?】『デトロイト』のアンドロイド、海外版では放射能兵器を使っていた


 
日本では「機械が意図的に放射能汚染地帯を作る」って表現は駄目ってことですかね…


 海外ゲームであるPS4/
「デトロイト:ビカムヒューマン」では、日本語版を作るにあたっての変更点は無いとされている。ところが、終盤のキーポイントで、1箇所だけ大きな差異が存在する。それは、海外版の「DIRTY BOMB」、つまるところの放射能兵器が、日本語版では化学兵器」と訳されていることである。もちろん誤訳ではなく、意図的な変更であろう。その他の展開は一切変わらないのだが、これも「表現規制」ということかもしれない。
 …まず、「デトロイト:ビカムヒューマン」は、昨年5月にPS4で発売されたノベルゲーである。高度なロボット技術が確立した未来のアメリカを舞台としており、基本的にはボタンを押してストーリーを見るだけという単純な内容ながらも、
海外ゲーらしい高品質なグラフィックと操作性、ストーリー内容の深さから、“PS4ならでは”というテキストゲームになっている。私のプレイ当時の感想は【2018/9/19】で、当時と異なる点として、現在では定価自体が約半額の4212円(税込み)に下げられているほか、この年末年始にはPS4本体購入でDL版ソフト2本をプレゼントするキャンペーンの中に入っていた(現在では終了)など、ソニー販売らしくセール等で扱われやすいため、そういった機会を見つけて手に取っていただきたいタイトルである。
 ――さて。話題をゲーム内に戻し、上記の
「化学兵器」が使われる背景について説明しよう。『デトロイト:ビカムヒューマン』では、3の異なる立場のアンドロイドを操作して物語を進めていくが、その中の1体では、人類に対して反乱を起こす「革命」ルートか、平和的デモを貫く「行進」ルートを選ぶことができる。しかしながら、どちらを選んでも、最終的には人類に追い詰められてしまう。その一か八かという状況で、事前に奪っておいた「化学兵器」を使うか否かという選択肢が出現するのだ。なお、この「化学兵器」を使うと、必ずアンドロイドは人間に勝つことができるのだが、デトロイト市は“化学兵器”によって汚染され、人は住めなくなってしまう。また、人類とアンドロイドの決裂は決定的になり、今後の更なる動乱を予感させてエンディングを迎えてしまう。ちなみに、そもそも本ゲームはこの章が最後であるため、どのような選択でも、その結果を反映してゲーム終了となる点には変わりない。

 そんな背景の「化学兵器」であるが、そもそも海外版における「DIRTY BOMB」は、直訳すると“汚い爆弾”である。その専門用語としての意味は、
「放射性物質の飛散によって汚染地域を形成することを主目的とした爆弾」であり、核反応を伴う核爆弾と区別して、「放射能兵器」と呼ばれることもある。核反応を使用しないため、極端な話、例えば放射性廃棄物を盗み出し、それを瓶に詰めて爆発させる…といった単純な構造で使用可能である。その物理的な害以上に、人に与える心理的影響がとても大きいため、テロ等で使用されることが懸念されている。同じく大量破壊兵器の仲間としても、サリンなどの毒性化学物質を使う「化学兵器」、細菌やウイルスなどを用いる「生物兵器」とは、全く異なる種類の兵器であるため、この「DIRTY BOMB」「化学兵器」と訳すことは「殺せ、ロシア人だ」級の悲劇でもないと有り得ない。やはり、意図しての改変と見るのが妥当であろう。
 …さて。皆さまご存じの通り、
「放射線」は医療領域でのX線撮影や放射線治療、その他にも品種改良や物質分析など、上手に使えば人間にとって極めて有益であるが、大量に浴びると様々な急性・慢性中毒を引き起こす。ちなみに、たまに言われる「微量の放射線は人間にとって無害である」という説は立証されておらず、例えばいわゆる“レントゲン検査”である胸部X線撮影では、おおよそ100万人に1人が、その被曝自体によって癌になるとされている。また、放射線が我々の間で問題となる際には、「放射能」を持った放射性物質の飛散という形を取ることがあり、これは放射線を発生する性質を持ったホコリのような微粒子であることが多く、一度散らばってしまうと片付けるのがとても難しいうえに、中には人体に吸収されて長期間・近距離から放射線を放ち続ける場合も存在する。なんか歯切れの悪い文章が多いけど、例外が山ほどあって書ききれないのでこれで許してくださいm(_ _)m
 ――さて。放射線は、ものすごく簡単に言うと、
感知不能の超高速な極小弾丸のようなものであり、生体への影響はDNAの破損という形で現れることが多い。もちろん、人間の体というのは素晴らしいもので、僅かな傷であれば簡単に修復をしてしまう。しかし、それが大きすぎると、誤りを訂正することができなくなってしまい、それが細胞の癌化に繋がるというわけだ。その性質上、細胞分裂が盛んな場所や時期に受けるダメージが大きいということになり、逆に例えば脳など細胞分裂の少ない位置は、他の場所に比べて影響が低く計算される。ちなみに、機械に対する影響としては、一般的な範囲としては無視できるものの、原子炉や宇宙といった極端に放射線の多い場所では、直接や間接の破壊をもたらすことがあるようだ。よって、極端な精密機械であるアンドロイドは、何気に放射線の影響を受ける気がするのだが、その可能性については、この後の文章では触れないことにしよう。

 そんなわけで。『デトロイト』でアンドロイド達が最終手段として「放射能兵器」を用いるという手は、非常に理にかなった選択である。人間は放射線の影響を受けやすいが、機械はそれに比べて被害を受けづらい。もちろん、人間にとっては最悪の手段であるし、放射線という目に見えない破壊は
生理的嫌悪感を催すものである。だが、もし立場が逆で、人間がアンドロイドに攻め込まれて絶滅寸前になったとしたら、容赦なく私たちは機械だけを破壊する兵器を使うのではないだろうか? そういった点も考えると、社会派のノベルゲーらしく、考えさせられる結末になっているといえる。また、放射能・放射線という分野の持つ光と影も、これまた露わにしているものではないだろうか。
 …ところがどっこい、日本版では、この放射能兵器が
ただの「化学兵器」となってしまっている。これでは、放射能兵器が持つ、「生体には有害であるが機械には無害である」「人類にとって見えない恐怖を与える」といったニュアンスが伝わってこない。また、放射能汚染地域は我々の身の回りにも存在するが、化学兵器で汚染された地域と聞いてピンと来る人はたぶんあまり居ないであろうため、現実世界に落とし込んで考えることも難しい。よって、プレイヤーがアンドロイドを操作して起動ボタンを押す場面であっても、それが「化学兵器」であるか、それとも「放射能兵器」であるかでは、その行動の意味が異なってきてしまうのである。皆さまも、もしゲームをプレイしていて、両者が並んでいたらどうか。恐らく、2つの使う基準は異なるという人がほとんどであろう。だから、文字以外の表現が全て同じであっても、実際にプレイヤーが受ける印象は大きく異なってきてしまうのだ。
 ――やれ。本作「デトロイト:ビカムヒューマン」では、性・暴力・差別・犯罪・薬物など、
CERO先生が大激怒しそうなドぎつい表現が連続で行われる。それらはもちろん、人間とアンドロイドという種族の違いはあるものの、そういったものを通して、人間自体のことも見つめ直すことができるクオリティになっている。だからこそ、この最後の最後で、放射能兵器を「化学兵器」と改変してしまったのは、残念である。「日本だから、放射能に関連する表現は入れることができない」のではなく、逆に日本だからこそ入れるべきだったのではないだろうか。確かに、前述した性や暴力・犯罪といった表現は、規制をしてしまうと本作のストーリー自体が成り立たなくなってしまうため、そのまま入れざるを得ないだろう。だが、この放射能に関する改変も、物語結末の印象を大幅に変えてしまっているのだ。この変更、皆さまはどう思われますか?

登録タグ/ ゲーム一般 ソニー

この記事のURL この月の記事を全て表示する / 編集

←前の日の記事へ 日記ログの一覧へ 次の日の記事へ→

2019年2月9日の記事を表示しています。


Twitter:【yarikomiff】

サイトのトップへ


System: Trishula Ver.1.14